(四)開けた後
◆ 試す手段
結晶の棘が、ネアの肩へ届いた。
精霊力の流れを止める。
成長は止まった。
すでに伸びていた先端は止まらない。
肩へ食い込み、身体を壁へ押し付けた。
冷気が傷口から入る。
ネアの右腕が動かなくなった。
残る分霊核の光も弱い。
固定された方へ力を送ろうとしても、途中で吸い取られる。
鍵の場所は分かっている。
開け方も分かっている。
ネアは、そこから意識を外した。
まだ開けない。
まず、残る分霊核へすべての力を集めた。
冷気の吸収を止める。
白い霧が一気に身体へ迫った。
その短い時間で、分霊核から一本の太い線を晶の檻へ伸ばす。
新しい結晶を止めるのではない。
すでにある結晶を形作る精霊力を、内側から引き抜こうとした。
結晶の表面にひびが入る。
一本。
二本。
だが、崩れない。
形成に使われた力を失っても、物質として完成した結晶は残る。
そこへ冷気が届いた。
ネアの左脚が凍る。
線を維持できない。
分霊核を再び防御へ戻す。
別の手段。
固定された分霊核を切り離し、その中に残る力を一度に放出する。
結晶ごと砕ければ、檻に穴を開けられる可能性はある。
ネアは固定された黒い玉へ意識を向けた。
蓄えを逆流させる。
玉の内側で、銀青色の光が膨らむ。
晶の精霊王が即座に手を向けた。
「形を重ねる」
分霊核を覆う結晶が厚くなる。
一層。
二層。
三層。
放出した力が、結晶の内側で押し返された。
黒い玉に亀裂が走る。
ネアは放出を止めた。
このまま続ければ、分霊核だけを失う。
檻は壊れない。
もう一つ。
周囲の原光を完全に吸収し、空白を作る。
氷と晶が次の術を使えなくなれば、その間に抜けられるかもしれない。
だが、絶光と同じ規模の空白を、人型のまま一人で作る余力は残っていない。
二個の分霊核を使っても、檻の外側まで届く前に自分の身体が崩れる。
ネアは計算した。
どの方法も間に合わない。
◆ 開けた後
氷の精霊王が、檻の外からネアを見る。
「止まる」
白い霧が濃くなる。
晶の精霊王も、反対側から手を向けた。
「形になる」
肩へ刺さった棘が太くなる。
身体の内側から、銀青色の光が漏れ始めた。
このままでは、身体を維持できない。
精霊力を使い切れば、次に壊された部分を戻せない。
結晶に砕かれるか。
凍結によって流れを止められるか。
どちらが先でも同じだった。
ネアは消滅する。
鍵を開けば、生き残れる可能性がある。
だが、開いた後の自分が何をするのか分からない。
氷と晶を消すだけで終わるのか。
ほかの精霊王を探すのか。
人間の町を、自分ではないものとして消すのか。
シアを見つけた時、助けようとするのか。
それとも、自分以外の王として消そうとするのか。
セトは動けない。
止めてくれる者はいない。
今ここで鍵を開けば、二人の狂った精霊王より危険なものが一人増えるかもしれない。
「それは……選べません」
ネアは左手を握った。
開けない。
このまま消えれば、少なくとも自分が誰かを消すことはない。
その考えが浮かぶ。
だが、自分が消えれば、シアの異常を知る者が一人減る。
シアがどこにいるのか。
何をしようとしているのか。
今、わずかでも感じ取れるのはネアだけだった。
セトのもとへ戻ることもできない。
シアを止めることもできない。
分霊核を集めることもできない。
消滅すれば、何も選べなくなる。
それを安全な選択と呼んでよいのか。
ネアは、肩へ食い込む結晶を見た。
氷が胸元まで広がっている。
残る時間は短い。
「開ければ、わたしでなくなるかもしれない」
言葉にしても、答えは出なかった。
「開けなければ、わたしは消える」
消えたくない。
シアのように強く願ったわけではない。
だが、消えてよいとも思えなかった。
まだ、セトへ言っていないことがある。
シアへ言わなければならないことがある。
二人を残したまま、ここで終わることを選びたくなかった。
開けるべきではない。
開けたくない。
開けるしかない。
「最低の選択ですね」
ネアは、自分へ向けて言った。
安全だから選ぶのではない。
正しいから選ぶのでもない。
ほかの選択肢がすべて消えたから、それでも消滅しない方を選ぶ。
「それでも、ここで消えるよりは」
動く左手を胸元へ当てる。
鍵へ触れる直前、手が止まった。
一度開けば、戻せない。
シアの異常が、細い道の向こうから伝わり続けている。
自分も同じ場所へ沈む。
それを理解したうえで、ネアは目を閉じた。
「あとで、必ず後悔します」
誰に聞かせる言葉でもなかった。
そして、鍵を開いた。
※第49話「下へ」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




