(三)伝わったもの
◆ 固まる身体
傷へ精霊力を流す。
欠けた身体が戻り始める。
その間にも冷気は止まらない。
脇腹の傷口から、凍結が広がった。
身体を直すために集めた精霊力ごと冷やされ、流れが鈍る。
ネアは冷気を吸収した。
凍結は止まった。
今度は、傷を戻すための力が足りない。
二個の分霊核に蓄えていた力を引き出す。
一個目の光が弱くなる。
晶の精霊王が、その分霊核へ結晶を伸ばした。
黒い玉の周囲を透明な層が覆う。
ネアはすぐに形成を止める。
だが、薄い結晶は残った。
分霊核の動きが重くなる。
ネアが引き寄せようとしても、結晶の塊が地面へ引っかかった。
二個のうち、一個がその場へ固定された。
残る一個を防御へ回す。
冷気が来る。
結晶が伸びる。
曲げる。
止める。
吸収する。
傷を戻す。
一つ処理するたびに、別の一つが進んだ。
ネアの呼吸が浅くなる。
精霊王に、人間と同じ呼吸が必要なわけではない。
それでも、身体と意識を保つための動作として、息を整えようとした。
冷たい空気が肺へ入る。
胸の内側まで凍るようだった。
◆ 閉じる檻
晶の精霊王が両腕を広げた。
周囲に残っていた結晶が、一本ずつつながる。
新しく作っているのではない。
ネアが止めきれずに残したものを使っている。
柱と柱が横へ伸びる。
壁と壁が斜めにつながる。
頭上にも透明な層が作られた。
結晶の檻が閉じていく。
外側では、氷の精霊王が冷気を流し続けていた。
檻の内部へ入った冷気は逃げない。
透明な壁に反射し、何度もネアの周囲を巡る。
銀青色の線が凍りつく。
羽衣の動きが止まる。
長い髪の先が白く固まった。
ネアは一個の分霊核を頭上へ動かした。
冷気を吸収させる。
黒い玉の表面に霜が付く。
蓄えられていた力が急速に減っていく。
もう一個は結晶に固定されたままだった。
ネア自身の力も、傷の修復と防御で削られている。
檻の外から、晶の精霊王が手を向けた。
「形にする」
透明な壁の内側へ、新しい棘が伸び始める。
「壊す。作る。もっと作る」
女性の口元が、わずかに笑ったように見えた。
喜んでいるのではない。
表情と感情がつながっていない。
氷の精霊王も腕を下ろす。
「止める。凍らせる。全部止める」
檻の中の温度が、さらに下がった。
ネアは棘の形成を止めた。
冷気を曲げた。
どちらも完全には止まらない。
凍った銀青色の線が、一本切れた。
◆ 伝わったもの
その時。
ネアの内側で、何かが揺れた。
自分の精霊力ではない。
遠く離れた場所にいる、シアの力だった。
ネアとシアは、直接つながっているわけではない。
だが、何度もセトを介して同時に精霊剣となった。
一人の人間の精霊回路を通じて、互いの力へ触れてきた。
その痕跡が、細い道として残っている。
道の向こうで、何かが開いた。
知識。
鍵。
シアが、触れてはいけない場所へ手を伸ばした。
開け方が伝わってくる。
言葉ではなかった。
何を思い、どこへ触れれば、閉じられていた知識が開くのか。
その感覚だけが、ネアの中へ流れ込んだ。
同時に、別のものも伝わる。
巨大な火。
四つに分かれた循環。
周囲の原光を際限なく取り込む力。
そして、シアとは思えない欲望。
他の精霊王を消したい。
自分だけが存在すればよい。
「シア……?」
返事はない。
呼びかけた先から返るものは、熱だけだった。
シアの力は感じる。
消滅してはいない。
それなのに、いつものシアがどこにいるのか分からない。
力の奥へ沈み、遠くなっている。
ネアは、開いた知識の危険を理解した。
あれは、失われていた力ではない。
閉じられていた力だ。
知らなかったのではない。
開けないようにされていた。
開ければ強くなる。
だが、強くなった自分が、自分の望む行動を取る保証はない。
シアは生き残った。
その代わりに、シアではなくなりかけている。
※第49話「下へ」は全六回です。
続きます。
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