(一)狂った役割
◆ 西へ
ネアは西へ向かっていた。
残る月の分霊核を探すためである。
黒い二個の分霊核が、ネアの左右を漂っている。
広く精霊力を放てば、同じ属性の分霊核がある場所だけ、返るはずの力が吸収される。
だが、無制限に遠くまで探せるわけではない。
人間の町や集落へ寄り、小さく黒い、加工できない宝玉の情報を集める必要があった。
本来ならば。
今、ネアの周囲に人の暮らす場所はない。
白く凍った大地と、その上へ無数に突き出した結晶だけが続いている。
低い草は氷に覆われていた。
岩の表面には透明な結晶が生え、別の岩とつながっている。
冷気と結晶化。
二つの異なる力によって、土地が作り替えられていた。
しかも、広がり方が不自然だった。
氷に閉ざされた地面の一部だけが、突然溶けている。
そのすぐ隣では、溶けた水が再び凍り、厚い氷の柱となっていた。
結晶も同じだった。
整った形を作りながら、途中で自ら割れ、砕けた断面からさらに細かな結晶が伸びている。
作る。
壊す。
また作る。
その繰り返しは、ネアたちが光の精霊王の周囲で見たものに似ていた。
遠くの空が、一瞬だけ白く明滅する。
それに呼応するように、地面の氷が厚みを増した。
結晶の群れも一斉に枝を伸ばす。
「光の影響が、ここまで」
ネアは足を止めた。
前方に、白い人影がいた。
氷の精霊王。
右側では、透明な結晶の中から、女性の姿をした精霊王が現れる。
晶の精霊王。
二人とも、以前より精霊力の流れが荒い。
多すぎる力を身体の中へ収められず、周囲へ絶えず漏らしていた。
ネアを見ている。
だが、相手を認識している目ではなかった。
自分の役割を妨げる異物を見ているだけだった。
◆ 狂った役割
「寒い場所が足りない」
氷の精霊王が言った。
以前にも聞いた言葉だった。
「すでに十分あります」
ネアは答えた。
「この場所にも、寒さへ適応していない生命がありました。これ以上広げる必要はありません」
「寒い場所が足りない」
同じ言葉が返ってきた。
「以前、それでは今ある生命が失われると話しました」
「失われれば、寒さの中で別の生命が生まれる」
「生まれるまでに、今いるものは死にます」
「死ねば、空く」
氷の精霊王の足元から、白い霧が広がった。
「空けば、寒くできる」
順序が逆だった。
寒い場所を作るために生命を移すのではない。
寒さを広げるためなら、先に生命を消してよいと考えている。
以前の氷の精霊王も、現在の世界に必要な程度を理解してはいなかった。
それでも、問えば答えようとしていた。
今は違う。
理由を尋ねても、役割を実行するための言葉しか返ってこない。
晶の精霊王が地面へ片手を向けた。
「形が足りない」
女性の声に抑揚はなかった。
氷の下で岩が割れる。
割れ目から透明な結晶が伸び、枝分かれしながら地面を覆った。
「構造が増えれば、変化が生まれる」
「同じ場所をすべて結晶に変えれば、変化するもの自体が生きられません」
「形を作る」
「作られた結晶の中では、植物も動物も生きられません」
「壊れれば、また作れる」
晶の精霊王が指を曲げる。
伸びていた結晶が、内側から砕けた。
無数の破片が地面へ落ちる。
その一つ一つから、さらに小さな結晶が生え始めた。
「作る。壊れる。増える。形が増える」
「それは進化ではありません」
「形が増える」
晶の精霊王は、もうネアを見ていなかった。
自分が砕いた結晶だけを見ている。
遠くの空が、再び白く光る。
氷の精霊王の身体から冷気が噴き出した。
晶の精霊王の周囲でも、結晶が一斉に成長する。
二人の精霊力が同時に跳ね上がった。
ネアは確信した。
二人とも、光の精霊王の影響を受けている。
役割へ強く引かれていた次代の精霊王が、さらに原初へ引き戻されている。
自分の力が何を失わせるか。
その結果、現在の世界がどうなるか。
わずかに残っていた判断が、光によって削られていた。
「止まる気はありませんね」
「寒くする」
氷の精霊王が腕を上げる。
「形を作る」
晶の精霊王が指を開く。
二つの力が、同時に動いた。
※第49話「下へ」は全六回です。
続きます。
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