(一)火の精霊王
◆ 火の精霊王
「わたしが、イフリートだ」
炎の少女は、当たり前のようにそう名乗った。
セトは少女と、倒れた大型魔獣を交互に見る。
火の精霊王イフリート。
名前だけなら知っている。
人間が扱う意思のない精霊とは異なり、自ら考え、火を操る存在。古い物語や神殿の教えでは、火を担う最上位の精霊として語られていた。
目の前の少女が見せた力は、その名にふさわしい。
だからといって、すぐに信じられる話でもなかった。
「証明できるか」
「何をだ」
「お前がイフリートだということを」
少女は自分の両手を見た。それから、動かなくなった大型魔獣へ目を向ける。
「足りないのか」
「強いことの証明にはなっている」
「火も使った」
「火を使う人間はいる」
「人間に見えるのか」
「見た目はな」
少女は自分の腕をつまんだ。
「人間と同じ形ではある」
「自分でも分かってなかったのか」
「形に興味がなかった」
その答えだけで、人間とは違う気がしてきた。
◆ 王ではない王
大型魔獣の死体から、濃い血の臭いが広がり始めている。
このまま話し続ければ、別の魔物を呼び寄せかねない。
「場所を変える」
「なぜだ」
「血の臭いに寄ってくるものがいる」
「来たら倒せばいい」
「俺は怪我をしてる」
少女はそこで初めて、セトの右脇へ視線を向けた。
「折れているのか」
「たぶん折れてはいない」
「なら戦える」
「お前を基準にするな」
セトは街道からさらに離れる方向へ歩き出した。少し先に、周囲を見渡せる岩場があったはずだ。
少女も当然のようについてくる。
「火の精霊王なら、火の精霊を従えているのか」
「従えていない」
「王なのに?」
「王と呼んだのは人間だ。わたしが決めた役目ではない」
少女によれば、精霊王は領地を持たず、配下も民も持たないらしい。
火の精霊を集めて命令することもない。
「では、何の王だ」
「知らない。人間がそう呼ぶから、そういう呼び名だと知っているだけだ」
「ずいぶん雑だな」
「人間の呼び方がか?」
「お前の説明がだ」
◆ 知っていること
岩場へ着くと、セトは平らな石へ腰を下ろした。
痛めた脇を確かめる。息を深く吸うと痛むが、骨が大きくずれている感覚はない。
少女は座らず、セトの前へ立った。
視線はまた右手へ向いている。
「剣を出せ」
「先に話を聞く」
「話したら出すのか」
「内容による」
「面倒だな」
「さっきも聞いた」
少女は不満そうだったが、立ったまま話し始めた。
「わたしは火を扱える。人間の言葉も知っている。人間がどんな暮らしをして、何を危険だと考えるかも、だいたい分かる」
「誰かに教わったのか」
「受け継いだ」
「誰から」
「前のイフリートからだ」
セトは少女を見る。
「前の?」
「イフリートは一人だけだ。死ねば、次が生まれる」
「お前の前にも、イフリートがいたということか」
「ああ」
少女の口調に、懐かしさはなかった。
会ったことのない他人について話すような声だった。
◆ 覚えていないこと
「前のイフリートから受け継いだなら、お前は前のイフリートと同じなのか」
「違う」
少女は即答した。
「知識は残る。記憶は残らない」
「何が違う」
「火の使い方は知っている。誰と一緒に火を使ったかは知らない」
少女が片手を上げる。
指先に小さな炎が生まれた。
「人間の食べ物が何かは知っている。先代が何を食べたかは知らない。人間が怒ることも、喜ぶことも知っている。先代が誰に怒り、誰といて喜んだかは知らない」
炎が消える。
「知っていることは残る。覚えていたことは残らない」
簡単な説明だった。
だが、その線引きは明確だった。
「先代の性格も?」
「知らない」
「男だったか、女だったかは」
「男性の形だった。それは知識として残っていた」
「姿の情報は残るのか」
「全部ではない。役目に関わることは残りやすい。関係のないものは残らない」
先代の顔を尋ねても、少女には答えられなかった。
同じ役目を受け継いでも、同じ者ではない。
目の前の少女は、過去のイフリートが若返った姿でも、生き返った姿でもなかった。
※第2話「イフリートとシア.」は全三回です。
続きます。
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