(五)消えた王
◆ 森の中の流れ
樹の精霊王は、森全体へ力を広げていた。
一つの身体だけで逃げているのではない。
根から根へ。
幹から枝へ。
離れた場所へ力を分け、自分の位置を分からなくしようとしている。
以前なら厄介だった。
どこに本体がいるのか。
どこまでが樹の精霊王の力なのか。
ネアに流れを読んでもらわなければ、森をいくら焼いても逃げられてしまう。
今のシアには、すべて見えていた。
四翼を巡る原光が、森の中へ広がる樹の精霊力へ触れている。
枝へ流れる。
幹へ戻る。
地中の根を通り、別の木へ広がる。
無数に分かれた流れは、すべて一人の精霊王へつながっていた。
「そこ」
シアが手を向けた。
太い幹が何本も重なり、その内側を隠している。
樹の精霊王が枝を伸ばす。
赤い防御膜へ触れた枝が燃え落ちた。
シアは、その枝ではなく地中へ意識を向けた。
根がある。
森の奥まで広がる、樹の精霊王自身が作ったつながり。
シアの火が、根を流れる精霊力へ入り込む。
表面を焼くのではない。
根の内側を通っている力に沿い、奥へ進んでいく。
一本から隣の根へ。
さらに遠くの幹へ。
その先へもつながっている。
シアは掌を開いた。
細く入り込んだ火へ、四翼から大量の精霊力が流れ込む。
根の内側で赤い火が一気に広がった。
樹の精霊王が力を送っている経路を、火が次々に埋めていく。
逃げ道を探す必要はなかった。
どこへ逃げても、そこには同じ根がつながっていた。
◆ 消えた王
隠れていた樹の精霊王の姿が、幹の内側から現れた。
失った腕は半分ほど戻っている。
その腕を前へ出し、新しい枝を伸ばそうとした。
だが、枝の内側にも火が流れ込む。
樹の精霊王は別の根へ力を逃がした。
その先にも火がある。
さらに離れた幹へ流れを移そうとする。
そこも、すでに赤く染まっていた。
シアは火を止めない。
四翼から取り込んだ原光を火へ変え、根の中へ流し込み続ける。
一本の根を焼き切るためではない。
樹の精霊王が自分の力を通している経路すべてを、火で満たしていく。
地中の根が燃える。
つながった幹の内側が燃える。
新しく伸びた枝も、形を保つ前に燃え落ちる。
根から力を逃がそうとしても、その根の中に火がある。
再生しようとしても、送り込んだ力とともに火が広がる。
森全体を無差別に焼いているわけではない。
樹の精霊王が自ら広げたつながりを、内側から焼き尽くしている。
逃げるための道が、一つずつ消えていく。
「生命は……増やさなければ……」
樹の精霊王は崩れながら森へ手を伸ばした。
その先にも、もう逃げられる場所はなかった。
シアは掌を握る。
根へ流し続けていた大量の火が、最後に残った本体へ集中した。
樹の精霊王の身体を形作る精霊力が、内側から一気に燃え上がる。
新しい芽は生まれなかった。
別の幹へ力が移ることもなかった。
赤い光が一度だけ強くなる。
その後には、何も残らなかった。
樹の精霊王は消滅した。
シアは、それを確かめようともしなかった。
消えたなら、もう見る必要はなかった。
※第48話「原初のシア」は全七回です。
続きます。
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