(五)増やせるもの
◆ 表面の傷
外で雷が鳴った。
一度だけ、短く白紫の光が走る。
次の瞬間、扉が開いた。
「フィオラ!」
ハルヴェンが山小屋へ入り、その後ろからリグが続く。
二人は周囲を確認してから寝台へ近づいた。
「セト?」
ハルヴェンは上着の裂け目、腕や肩に残る火傷、口元の乾いた血を見る。
胸はかすかに上下している。
手足も失われていない。
「外傷は……ないとは言いませんが、致命傷には見えません」
「体の表面だけ見るとそうだな」
リグはセトへ触れず、周囲の精霊力を見る。
フィオラの細い風が身体へ入り、その大半が途中で散っていた。
「中がほとんどつながってない」
「はい」
フィオラが答える。
「表面の傷より、精霊回路の損傷の方が問題です」
「回路?」
ハルヴェンが聞き返す。
「身体を動かす力も、治す力も、精霊力を必要な場所へ運ぶ経路を使います。その経路が左腕から胸、右腕にかけて特に深く壊れています」
ハルヴェンはもう一度セトを見る。
人間の目には、重傷ではあっても身体そのものが崩れているようには見えない。
だが精霊王たちが見ているものは違う。
フィオラの風は左腕へ入っても、同じ場所から右腕へ抜けてはいない。
途中で何度も枝分かれし、消え、別の場所から現れる。
リグにも、その不自然さは見えていた。
「一本につながってないのか」
「はい。使える場所をその都度変えています」
傷が少ないのではない。
致命的な損傷が、外から見えない場所に集中しているだけだった。
◆ 治す道がない
「自己治癒は動かないのですか」
ハルヴェンが尋ねる。
「動かすための精霊力が、必要な場所まで届きません」
フィオラが答える。
「では、外から治療術を使えば」
「強さの問題ではありません」
ネアが壁から身体を起こした。
「治す力を入れても、それを傷へ運ぶ道がありません」
「もっと強い治療術でも?」
「強く入れれば、切れた場所から多く漏れます。残っている回路まで傷つける可能性があります」
ハルヴェンが黙る。
通常なら、傷が深いほど大きな治療を使う。
失った力が多いなら、補う量を増やす。
だがセトの場合は逆だった。
「外の傷だけなら治せますか」
ハルヴェンが尋ねる。
「表面へ届く範囲なら。ただ、それを治しても中の回路は戻りません」
「先に外傷を全部治す意味もない?」
「必要な処置はします。ですが、大きな力を使う治療は今は避けます」
治療の力が弱いのではない。
治療を届ける経路が壊れている。
「今、フィオラは何をしてる」
リグが尋ねる。
「治してはいません」
フィオラはセトから目を離さない。
「流れが完全に止まらないよう、残っている経路へ移し続けています」
「それで戻る?」
「分かりません」
「止めたら?」
「それも分かりません。ただ、止めてよいとは思えません」
リグはしばらく黙ってから、山小屋の外を見る。
「要するに、治す手段は見つかってない」
「はい」
希望のある言い換えはしなかった。
今分かっていることは、それだけだった。
◆ 増やせるもの
リグが外の様子を確認して戻ってきた。
遠くの空はまだ白く明滅している。
「光の精霊王は追ってきてない」
「自分の身体と翼の修復を優先したようです」
ネアが答える。
「活動を止めたわけではありません」
「こっちから行ける状態でもないな」
リグの視線がセトへ向く。
「何か手はあるのですか」
ハルヴェンが聞いた。
誰もすぐには答えなかった。
セトは戦えない。
極剣と絶剣も使えない。
極炎と絶光は二個ずつの分霊核まで使っても光の精霊王を倒し切れなかった。
ほかの精霊王は、光の影響を受けている可能性がある。
時間を置けば、光の精霊王の活動が止まる保証もない。
「俺たちが加わるのは?」
ハルヴェンが自分とリグを指す。
「戦力にはなります。ただ、光の精霊王を止められる根拠にはなりません」
ネアは期待だけで数を増やさなかった。
シアが腰の近くへ手を伸ばす。
二個の赤い分霊核が、弱い光を返す。
ネアの周囲にも二個の黒い核が浮かんでいた。
「残りを探す」
「分霊核ですか」
「ああ」
「七個すべてそろえても、勝てるとは限りません」
ネアが言った。
「限りなく無理に近いでしょう」
「でも、今よりは強くなる」
「ええ」
ネアは否定しなかった。
「確実に増やせる戦力は、それしかありません」
今ある核は、シアもネアも二個ずつ。
同じ役割の分霊核は、まだ残っている。
見つければ少なくとも、自分たち自身が扱える力は増える。
勝てる手ではない。
それでも、今より前へ進む唯一の手だった。
※第46話「止まらない精霊回路」は全六回です。
続きます。
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