(四)一人で保つ
◆ 固定しない
ネアが作っている細い流れへ、フィオラの風が沿う。
最初、フィオラはその流れを包み、形を安定させようとした。
「固定しないでください」
ネアがすぐ止める。
「ですが、このままでは崩れます」
「崩れること自体は止められません」
「では、どうやって保つのですか」
「保たないんです」
フィオラがわずかに眉を動かす。
「今使っている道が消えたら、別へ移します。固定しようとして力を集めると、その場所へ負荷が集中します」
フィオラは風をほどいた。
次に、途切れた流れをそのまま追おうとする。
「そこも駄目です」
「消えた道を追わない?」
「はい。追えば、切れた場所へ力を押し込むことになります」
フィオラは一度手を止めた。
「つまり、流れを守るのではなく」
「次に通れる場所を探します」
「その場所も崩れたら?」
「また次です」
フィオラはセトの左腕へ、ごく細い風を何本も伸ばした。
一つは途中で散る。
追わない。
二つ目は胸へ届かない。
そこへ押し込まない。
三つ目が右肩へ抜ける。
「ここです」
「はい。そのまま強くしないで」
フィオラは初めて、ネアがしていたことを理解した。
治癒でも固定でもない。
壊れていく中で、まだ残っている道だけを探し続ける。
風は何かを直すためではなく、流れの形を読むために細く使われた。
◆ 引き継ぐ風
フィオラの風が、ネアの作った流れへ重なる。
押さない。
引かない。
同じ幅で沿う。
「左腕の途中で分かれます」
ネアが言う。
「中央は通りません。外側です」
「こちらですね」
「はい。ただし、そこも長くは持ちません」
フィオラは風をさらに細くする。
セトの左腕から胸へ進む。
途中で途切れた。
フィオラは追わない。
消えた場所の手前で流れを分け、別の枝へ移す。
右肩へ届く。
「今です」
ネアの言葉に合わせ、フィオラがその流れを保つ。
ネアは少しずつ自分の力を抜いた。
最初は半分。
次に四分の一。
最後に、手を離す。
フィオラの風だけが、セトの身体を通った。
フィオラはそこで風を強めなかった。
自分の方が細かく動かせるからと、広く包もうともしない。
ネアから渡された幅と量を変えず、通れる場所だけを追う。
流れは弱い。
安定もしていない。
それでも止まってはいない。
「続けられます」
「どれくらい?」
「分かりません」
シアの表情が険しくなる。
「分からないのに続けられるって言ったのか」
「調整を続けることはできます。いつまで必要なのか、これで戻るのかは分かりません」
ネアが壁へ手をついた。
流れの制御を手放した途端、それまで張り詰めていた力が抜けた。
「ネア」
シアが立ち上がろうとする。
その足元も揺れた。
戦闘の消耗は、二人にも残っていた。
シアの赤い分霊核も、ネアの黒い分霊核も光が薄い。
セトだけでなく、二人までこの場で動けなくなれば、次に選べる手段そのものが減る。
◆ 一人で保つ
「まだ交代は終わっていません」
ネアが言った。
「フィオラ一人で保てるか、少し見ます」
「今もう手を離してるだろ」
「短い間なら、です」
シアは不満そうにしながらも座り直した。
フィオラは周囲からごく少量の原光を集める。
自分の風へ変えすぎない。
セトの中へ入れるのは、流れを押すためではなく、残っている経路をなぞるための最小量だけ。
最初の道が崩れる。
フィオラは別へ移す。
次の道も途中で細くなる。
そこで量を増やさず、さらに細い枝へ変える。
ネアは手を出さない。
シアも精霊力を足さない。
しばらくしても、流れは完全には止まらなかった。
「……私たちがいなくてもできる?」
シアが尋ねる。
「大丈夫とは言えません」
フィオラは即答した。
「ですが、お二人がここにいなくても、今している調整は続けられます」
「セトは治る?」
「それは分かりません」
「悪くなったら?」
「念話を送ります。正確な説明まではできませんが、危険な変化が起きたことは伝えられます」
ネアが小さく息を吐く。
「それで十分です」
セトが良くなったわけではない。
助かる見込みが増えたわけでもない。
ただ一つ変わった。
シアとネアが、この場に縛られ続ける必要だけはなくなった。
「途中で分からなくなったら?」
「その時は、無理に進めず念話を送ります」
「勝手に強くするなよ」
「しません。今教わったのは、強くする方法ではありませんから」
フィオラへ渡せたのは治療ではない。
止めないための仕事だった。
※第46話「止まらない精霊回路」は全六回です。
続きます。
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