(三)風の到着
◆ 動かせない
山小屋へ着いてしばらくしても、セトの状態は安定しなかった。
寝台へ横たえたままでも、使える経路は少しずつ変わる。
ネアが一度手を離せば、細い流れはすぐに散り始める。
「もっとちゃんとした場所へ運んだ方がいいんじゃないか」
シアが扉の方を見る。
「人間の町なら、治療できる奴もいるかもしれない」
「今の状態では、そこまで動かせません」
ネアが答える。
「でも、ここには何もない」
「場所の問題ではありません。移動そのものが危険です」
山小屋へ来るまでの短い距離でも、何度も流れを作り直した。
寝台へ下ろしただけでも、使っていた経路が消えた。
「町まで抱えていけば」
「途中で完全に止まる可能性があります」
「止まったら、もう一回流す」
「今は止まりかける前に別の道へ移しています。完全に途切れた後でも同じことができるかは分かりません」
シアは扉から寝台へ視線を戻した。
「ここにいるしかない?」
「少なくとも、今すぐ移動するよりは安全です」
古びた山小屋に治療設備はない。
それでも、平らな寝台があり、雨風を避けられ、セトの身体を動かさずに済む。
それだけで、今は十分な理由になった。
「なら、ここを使う」
「はい」
山小屋は休憩場所ではなくなった。
セトをこれ以上動かさないための場所になった。
◆ 治療ではない
時間だけが過ぎていく。
山小屋の隙間から入る白い光が、少しずつ傾いた。
シアは何度も精霊力を集める。
ネアは量を整え、残っている経路へ流す。
途切れれば別へ移す。
「これで治ってるのか?」
シアが尋ねる。
「治ってはいません」
「じゃあ延命?」
「それも違います」
「何が違う」
ネアはセトの胸から手を離さない。
「止まったものを無理に動かしているわけではありません。まだ残っている流れを、完全に途切れさせないよう調整しているだけです」
「同じに聞こえる」
「治す方向へ進んでいない、という意味です」
シアは黙った。
回路が元に戻る兆候はない。
傷が塞がることもない。
精霊力を入れた分だけセト自身の力が増えるわけでもない。
ただ、止まりかける流れを次の道へ渡している。
「じゃあ、これを続けてもセトが起きるとは限らない?」
「はい」
「回路が戻るとも?」
「分かりません」
「いつまで続ければいい」
「それも分かりません」
ネアは分からないことを分からないまま答えた。
できるのは一つだけ。
今残っている流れを、完全には止めないこと。
「今の量なら、壊れてるところを広げてない?」
「見える範囲では。ただ、少しでも太くすれば先ほどと同じになります」
細すぎれば途切れる。
太くすれば残っている道まで壊す。
治療へ近づいているのではなく、その間だけを選び続けている。
止まった時に何が起こるかだけは、二人とも聞く必要がなかった。
◆ 風の到着
閉じていた扉が、風もないのに揺れた。
隙間から淡い緑色の光が入る。
シアが振り返る。
扉の向こうにフィオラが立っていた。
「シアさん、ネアさん」
フィオラは二人を見た後、寝台のセトへ視線を移した。
表情が変わる。
「何があったのですか」
「光の精霊王と戦った」
「見れば分かります。なぜ、セトさんがこの状態になっているのですか」
「私たちを剣から戻して、自分で戦った」
「自分で?」
「黒い剣で光を受けて、身体へ通して、白い剣から返した」
フィオラの視線が、セトの左腕から胸、右腕へ動く。
「身体の中を通したのですか」
「止めるものを外した。私たちが壊れるよりいいって」
フィオラは何も言わず、寝台の横へ膝をついた。
「触れます」
ネアがうなずく。
フィオラはセトの肩へ手を置いた。
淡い風が身体の周囲を巡る。
治すための風ではない。
身体の内側から漏れてくる、わずかな精霊力の動きを拾う。
「これは……」
「強くしないでください」
「分かりました」
フィオラはすぐに力を弱めた。
「お二人の精霊力が、遠くからでも分かるほど乱れていました。それで来ました」
「リグたちは?」
「リグさんたちにも、異常が起きたことだけ伝えました。こちらへ向かっているはずです」
フィオラはもう一度セトの流れを見る。
「今していることを教えてください」
※第46話「止まらない精霊回路」は全六回です。
続きます。
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