(二)残っている道
◆ 山小屋
古い山小屋は、斜面へ半分埋もれるように建っていた。
壁の一部が傾き、屋根には穴が開いている。
それでも地面は比較的平らで、風も直接入りにくい。
ネアが先に扉を開けた。
中には木製の寝台と、小さな机だけが残っている。
「そこへ」
ネアが寝台を示す。
シアはすぐには下ろさなかった。
「どう置く?」
「背中からではなく、腰を先に。ゆっくりお願いします」
シアは言われた通りに動く。
腰が寝台へ触れる。
次に背中。
最後に頭を下ろした。
その途中で、流れがまた外れた。
「止まる!」
「分かってる!」
シアが精霊力を集める。
ネアは左腕と胸へ両手を置き、今まで使っていた経路を探した。
ない。
左腕から胸へ抜けていた道が、寝台へ横たえた時のわずかな姿勢変化だけで消えている。
「右へ流れない」
「押せばいいのか」
「押さないでください」
シアが伸ばした手を止めた。
「じゃあどうする」
「残っている場所を探します」
ネアは力を何本にも分ける。
一つずつ左腕へ通す。
ほとんどは途中で散った。
一本だけが、胸の外側を通って右肩へ届く。
ネアはほかを消し、その一本へ集めた。
「つながりました」
「これで大丈夫か?」
「いいえ。今は、です」
セトの身体が自分で流れを保っているわけではない。
ネアが道を探し、シアが必要な分だけ流している間だけ、辛うじて続いている。
屋根があり、平らな場所へ寝かせられた。
得られたのはそれだけだ。
山小屋へ着いた。
安全になったわけではなかった。
◆ 足りないのではない
シアは寝台の横へ座ったまま、セトの中へ流す力を見ていた。
入れても入れても、残る量が増えない。
「減ってる」
シアが言う。
「ええ」
「なら、もっと入れる」
「量を増やしても残りません」
「やってみないと分からないだろ」
シアが少しだけ出力を上げる。
ネアが止めるより早く、セトの左腕へ入る力が太くなった。
一瞬だけ胸まで届く量が増える。
次の瞬間、途中から大きく漏れた。
さっきまで使えていた細い経路まで押し広げられ、流れが崩れる。
「止めて!」
ネアの声に、シアはすぐ力を落とした。
ネアは別の経路を探し直す。
「……増えてない」
「はい」
「入れたのに」
「足りないのではありません」
ネアは散っていく精霊力を見た。
「通せる場所がないんです」
力そのものはある。
シアにも、ネアにも、まだセトへ流せるだけの精霊力は残っている。
だからこそ、足りない力を補えば済む状況ではないことが余計にはっきりした。
問題は量ではない。
受け取る側の道が壊れている。
「強く流せば、傷まで届くんじゃないのか」
「傷へ届く前に、切れた場所から漏れます。さらに強くすれば、残っている回路まで裂けます」
シアは拳を握った。
戦闘なら、大抵は足りないなら増やせばよかった。
火力が足りないなら、もっと出す。
距離が足りないなら、もっと加速する。
今はそれが通じない。
「力があるのに使えないのか」
「はい」
その答えが、シアには一番気に入らなかった。
◆ 残っている道
ネアは、極剣と絶剣が使った経路を一度意識から外した。
左手から左腕。
胸の中央。
右肩から右腕。
そこは一番大きな原光が通り、一番深く壊れた場所でもある。
「元の道を使おうとするから駄目なのかもしれません」
シアが顔を上げる。
「新しく作る?」
「いいえ。作れません」
ネアは即座に否定した。
「残っている枝を使います」
人間の精霊回路は一本の管ではない。
細い流れが何本も分かれ、身体の各所へ精霊力を運んでいる。
大きな流れを通した中央は壊れていても、その周辺に細い経路が残っている場所はある。
ネアは左腕の外側へ流す。
一本はすぐ消える。
次は肘の内側から肩へ。
そこも途中で切れる。
三本目が胸の上側へ届いた。
そこから右肩へ別の枝を探す。
「これなら」
「つながった?」
「一部だけです」
元通りにはしていない。
切れた場所を修復しているわけでもない。
まだ残っている場所を、その時だけ使っている。
「それなら治るまで続ければ」
「治る兆候はありません」
ネアは淡々と答えた。
「この道も、いつまで残るか分かりません」
「じゃあ、壊れたらまた別?」
「はい」
固定できない。
同じ経路を守ることもできない。
使える場所がなくなる前に、次の残存経路を見つけて移す。
それが今やっていることだった。
※第46話「止まらない精霊回路」は全六回です。
続きます。
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