(六)手放す
◆ 離れる
『終わり?』
シアが聞く。
「離れる。決めてた条件に入った」
『絶光の偏向補助も落ちています』
ネアも同意した。
『後ろを開けます』
「頼む」
黒い分霊核が残った力で後方の流れを外へ曲げる。
赤い分霊核もセトの近くへ戻る。
これ以上攻めるためではない。
退くための形だった。
セトは光の精霊王から目を離さず、岸側へ一歩下がる。
その瞬間、四枚の翼が大きく広がった。
湖面が白く発光する。
地面に残っていた無数の光の跡が、同時に翼へ引かれていく。
空気中の原光まで一本の流れではなく、面のように集まり始めた。
『待って』
シアの声が変わる。
『これ、今までより大きい』
『後方へも広がります』
ネアが続けた。
セトは退路を見る。
先ほど黒い核で開けようとしていた場所へも白い光が集まっている。
撤退を決めるのが遅かったわけではない。
決めた直後に、相手の次の攻撃が退路ごと覆い始めた。
「走って抜けられるか」
『難しいです』
「人型に戻って三人で逃げるのは?」
『変わる間に来ます』
予定通り撤退する道が、目の前で消えていった。
光の精霊王はこちらを追いかけてはいない。
それでも、攻撃範囲そのものが広がれば結果は同じだった。
逃げる相手を追う必要すらなく、周囲ごと光で埋めればいい。
自由飛行だけでなく、射程と範囲でも退路を奪える。
ここまで来て初めて、撤退の手順そのものが成立しなくなった。
◆ 次の光
光の精霊王が両腕を広げる。
四枚の翼へ集まった原光が、その間へ収束していく。
これまでより明らかに大きい。
『弾けます』
ネアが言った。
『私も押し返せる』
シアが続く。
「その後は」
二人は答えない。
弾ける。
押し返せる。
今この一撃だけなら、二本ともまだ使える。
だが、無傷では終わらない。
次の亀裂を修復すれば、分霊核の蓄えだけでは足りない。
剣の形を保つために、シアとネア自身の力を削ることになる。
『それでも、今は受けないと直撃する』
シアの言う通りだった。
退路へ回る時間はない。
人型へ戻って別の戦い方へ移る時間もない。
白い光はもう放たれる寸前まで膨らんでいる。
絶光が震えた。
極炎の表面にも、修復したはずの亀裂が細く浮かんだ。
『セト、私はまだ受けられます』
ネアの声は落ち着いている。
『私もまだ押せる』
シアも退かない。
「まだできるのは分かってる」
セトは二本を握ったまま、赤と黒の流れを見る。
できるかどうかではない。
その一回のあと、二人を戻せるかどうかだった。
目の前へ集まっている光が大きいのは、急に別の力を得たからとは限らない。
湖面や地面へ残っていた光まで一度に翼へ集め、今まで散っていたものを一か所へ寄せている。
だからこそ、これを受ければこちらの損耗も今までと同じでは済まない。
セトは二本の震えを握ったまま、答えを決めた。
◆ 手放す
このまま受ければ、二人が壊れる。
手放せば、光を弾ける剣はなくなる。
通常の白刃と黒刃では、目の前の光を受け止められない。
それでも、選ぶことは決まっていた。
「二人とも、戻れ」
『まだやれる!』
シアの声が返る。
「駄目だ」
『セト、今戻れば』
ネアが続く。
「分かってる」
光はもう放たれる。
別の戦い方へ移る余裕はない。
それでも、二人を剣のまま使い続けることはできない。
「戻れ」
セトは二本から手を離した。
極炎と絶光が、赤と黒の光へ変わる。
光はセトの左右へ移り、人の形を作った。
シアとネアが地面へ降りる。
二人の周囲へ戻った分霊核は、どれも弱く光っていた。
「セト!」
シアが手を伸ばす。
その前で、セトは両手を開いた。
右手へ白い原光が集まる。
左手から原光が抜け落ちる。
白刃と黒刃。
いつも使ってきた、自分の二本の刃が形成された。
「下がってろ」
「でも!」
「今は俺が受ける」
ネアが何かを言いかける。
だが、正面で四枚の翼がさらに広がった。
白い光が放たれる。
シアがもう一度前へ出ようとする。
だが、戻った赤い分霊核の光は弱い。
ネアも黒い核を寄せながら光の流れを見ているが、絶光へ戻るには時間が足りない。
「二人とも下がれ」
セトは繰り返した。
ここから先に使うのは、二人から借りた剣ではない。
幼い頃から自分で作り続けてきた二本だけだった。
極炎ほど押せない。
絶光ほど大きな流れも曲げられない。
それでも、この二本なら壊れるのはシアでもネアでもない。
セトは白刃と黒刃を握り直した。
セトは二人を背後へ残し、自分の二本の刃だけを持って光の前へ踏み出した。
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