(六)近づく光
◆ 誰が閉じた
「歴代の精霊王が箱を閉じたのか」
セトが尋ねる。
「可能性はあります」
ネアが答えた。
「ですが、最初から閉じられていた可能性もあります」
「最初?」
「最も古い精霊王が生まれた時からです」
それなら、後の精霊王は箱を作っていない。
閉じられた箱を、そのまま次代へ渡し続けているだけになる。
「最初の精霊王が、自分で箱へ入れて閉じた可能性は?」
「否定できません」
原初の精霊王自身が、何らかの理由で知識を閉じた。
あるいは後の精霊王が危険を知って閉じた。
「捨てなかったのは?」
シアが尋ねる。
「捨てられなかったのかもしれません。残す必要があったのかもしれません。ある条件で必要になるものなのかもしれません」
「全部、かもしれないだな」
「情報がありませんから」
ネアは事実と推測を分ける。
箱がある。
鍵がかかっている。
周囲に危険な知識がある。
それ以上は推測だ。
「分からないなら、分からないままにするしかないか」
セトが言う。
「はい。今は、それが一番正確です」
分からない部分を、もっともらしい答えで埋めない。
それが今できる唯一の整理だった。
シアは少し考え込む。
「代替わりしても残ってるなら、鍵そのものも継承されてる?」
「閉じられた状態ごと継承されている、と見ることはできます」
「なら、私が生まれる前から閉まってた可能性も高いか」
「はい。ただし、いつ閉じたかまでは分かりません」
古いことだけは感じる。
だが、その古さすら年代として測れるものではなかった。
◆ 光の精霊王には
「じゃあ、あいつはどうして翼を出せる」
シアが湖の方角を見る。
岩越しに白い光だけが空へ伸びている。
「箱を開けたのか」
「分かりません」
ネアが答える。
「光の精霊王には、最初から箱や鍵がなかった可能性もあります」
「生まれた時から開いていた?」
「それも可能性の一つです」
「箱を開けたから、自我がないのか」
セトの問いに、ネアはすぐには答えなかった。
「結びつけるには早すぎます」
「でも、無関係とも言えない」
「はい」
翼を持つこと。
周囲から原光を取り込み続けること。
明確な自我が見えないこと。
三つは同時に存在している。
だが、一方がもう一方の原因とは限らない。
「何かを開いた結果、自我が薄れたのかもしれません。自我が薄いから扱えるのかもしれません。あるいは、光の精霊王だけ最初から構造が違う可能性もあります」
「何も決められないな」
「決めてはいけない段階です」
シアは少し不満そうに白い空を見る。
「知ってるはずなのに、役に立たない」
「役に立たないと決めるのも早いですよ」
ネアが言う。
「開けなくても、無理に触れるべきではない可能性があると分かったことには意味があります」
少なくとも、未知の翼を見つけたからといって、すぐ自分たちも使おうとする理由にはならなかった。
「あいつだけ箱がないなら、私たちと同じ精霊王でも同じ作りじゃないってことになる」
「その可能性もあります」
光の精霊王は、属性へ変わる前の原光に最も近い力を扱っている。
その役割を担う精霊王だけが、ほかより原初に近い構造を持っていても不思議ではない。
だが、それも今は仮説に留めるしかなかった。
◆ 近づく光
その時、岩陰が白く染まった。
「動け!」
セトの声で三人が走る。
遠くで放たれた収束光が、岩山の上部を横切った。
斜面がずれ、大きな岩が何個も落ちてくる。
シアが炎で一つを弾く。
ネアが別の岩の進路を曲げる。
セトは白刃を短く作り、足元へ落ちた岩だけを斜めに切った。
三人はさらに奥の谷へ移動する。
光の精霊王がこちらを狙ったようには見えない。
先ほどまで立っていた岩山ごと、たまたま光の進路に入っただけだった。
「話してる間にも続けてる」
シアが振り返る。
「しかも、吸収も止まっていません」
ネアが言った。
白い光は遠くでも分かる。
四翼へ集まる流れそのものは見えなくなっても、周囲の原光が薄く引かれていく感覚は残っていた。
「箱を調べてる間に、あいつが弱るわけじゃない」
「むしろ逆かもしれません」
前に確認した通り、光の精霊王は周囲から取り込み続けている。
時間を与えること自体が、安全とは限らない。
「調べる時間にも限界があるな」
「はい」
「なら、ここまで」
セトが言った。
シアが目を向ける。
「もう調べない?」
「無理に開く方法は調べない。分かることが増えたら、その時また考える」
谷へ入ると、ようやく直接の光は遮られた。
それでも遠くの地鳴りは続いている。
箱について考えている間にも、世界のどこかが焼け、伸び、崩れていた。
「今は、あいつを止める方が先だ」
三人の話題は、そこで初めて箱から離れた。
※第43話「鍵のかかった知識」は全八回です。
続きます。
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