(二)羽ばたかない飛行
◆ 翼と呼ぶもの
「翼って呼んでいいのか?」
セトの問いに、シアが首を傾げた。
「ほかに何て呼ぶ?」
「それはそうなんだが」
ネアは四枚の輪郭を追う。
「便宜上は翼でよいと思います。ただし、鳥の翼と同じものだとは考えない方がよいでしょう」
「羽ばたいてないしな」
「空気を押している様子もありません」
白い人影が、今度は地面と平行に滑った。
四枚の翼は動かない。
傾きもしない。
それでも人影だけが一定の高さを保って進んでいく。
「飛んでる」
シアが言った。
「お前も飛ぶだろ」
「私は火で押してる」
シアの移動には、必ず炎の噴射がある。
強く加速すれば、その分だけ火も大きくなり、身体にも反動が返る。
ネアも落下を遅くしたり、短い時間だけ身体を浮かせたりはできる。
「わたしの場合は、周囲の流れを操作して結果として浮いているだけです」
「同じ場所に好きなだけ止まれる?」
「いいえ」
ネアは即答した。
「何の力も外へ出さず、好きな方向へ動き続けることはできません」
三人が翼と呼んでいるものは、少なくとも知っている飛行のどれとも一致していなかった。
形が翼に似ているから翼と呼んでいる。
まだ、それ以上ではなかった。
名前を付けるより先に、何をしているのかを見極める必要があった。
その点だけは三人とも同じだった。
◆ 羽ばたかない飛行
光の精霊王が上昇した。
徐々に速度を上げたのではない。
静止した状態から、そのまま真上へ動いた。
少し進んだところで、今度は完全に止まる。
落下しない。
身体を支える術も見えない。
四枚の翼だけが、淡く明滅していた。
「普通の精霊王にはできない?」
セトが尋ねる。
「できない」
シアは即答した。
「少なくとも、私はできない」
「わたしも同じです」
ネアが続ける。
「属性ごとの方法で、結果として空中を移動することはできます。ですが、あれは移動するための力を外へ出しているようには見えません」
光の精霊王が少し降りる。
そのまま途中で止まった。
水面までの距離が一定に保たれる。
風が湖面を揺らしても、人影の位置は変わらない。
「浮いてるというより、そこにいるだけみたいだ」
シアが言った。
セトにも同じように見えた。
飛ぶために上へ向かう力を出しているのではない。
落ちようとする身体を支えているようにも見えない。
「翼が支えているのか」
「可能性はあります」
ネアは答えたが、すぐに続ける。
「ただ、翼から上向きの力が出ているようにも見えません」
飛行という結果だけがある。
どうやってその結果へ至っているのかが見えなかった。
シアが真似しようとしても、同じ動きを再現する方法すら思いつかなかった。
◆ 向きのない移動
光の精霊王は三人へ正面を向けたまま、横へ滑った。
身体の向きは変わらない。
次は、その姿勢のまま後ろへ下がる。
停止しても、反動で身体が揺れることはなかった。
「向いてる方と、動く方が関係ない」
シアが目を細める。
「私なら横へ行く時も、火を出す向きを変える」
「わたしなら、先に流れを作ります」
ネアが言った。
「ですが、あちらは移動前に何かを作っているようには見えません」
人影が斜め上へ移る。
途中で直角に近い角度へ進路を変えた。
四枚の翼は姿勢を変えず、ただ淡く光っている。
「身体を押してるんじゃないのか」
「周囲の流れそのものが、あの精霊王を運んでいるように見えます」
シアが腕を組む。
「それなら、翼を動かさなくていい?」
「少なくとも説明はつきます」
推進しているのではない。
周囲の原光へ働きかけ、身体が存在する位置そのものを移している。
今の三人には、そうとしか見えなかった。
「地面がなくても同じように動けそうだな」
「そこまでは分かりません」
ネアがすぐに線を引く。
「今確認できるのは、空中で自由に方向を変え、止まり、再び動けることだけです」
分からない部分は残す。
それでも、普通の精霊王の移動とは明らかに違っていた。
シアは少し悔しそうに、人影の軌道を目で追い続けた。
※第42話「四枚の翼」は全七回です。
続きます。
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