(一)四枚の翼
◆ 白い壁
白い光が、湖の中央から広がった。
一本の光線ではない。
湖面も、岩場も、三人が立つ岸も、まとめて押し流すほどの光だった。
「右へ!」
ネアの周囲から黒い線が伸びる。
光の流れへ触れ、正面から左右へ分けた。
だが、曲がったのは外側だけだった。
中央の光は、そのまま三人へ迫る。
シアが二個の赤い分霊核を前へ出した。
二点から炎を放ち、光の壁へぶつける。
炎は一瞬だけ光を押し返したが、すぐに白く飲み込まれた。
「押し切れない!」
「全部を止めるな!」
セトは左手の黒刃を横へ振った。
光へ触れた部分から原光を奪い、三人が通れるだけの細い切れ目を作る。
「そこを抜ける!」
シアがセトの背をつかんだ。
足元へ炎を噴き、切れ目へ飛び込む。
ネアも二個の黒い分霊核を左右へ置き、残る光を外へ曲げながら続いた。
三人が抜けた直後、切れ目は再び白く埋まった。
光が岸を通過する。
岩が白く焼け、その横では地面が盛り上がった。
湖に残っていた水が空へ持ち上がり、大粒の雨となって落ちる。
セトは着地と同時に黒刃を消した。
左手に痛みはない。
身体へ向かう流れも、安全制限へ届いていなかった。
「次が来る」
シアが湖を見る。
白い人影の周囲へ、再び原光が集まり始めていた。
◆ 光の奥
「同じ攻撃なら、左へ避ける」
セトは周囲を確認した。
右側は先ほどの光で地面が割れている。
左には隆起した岩があり、その先にはまだ平地が残っていた。
「ネア、最初に外側を曲げろ。俺が中央を崩す」
「分かりました」
「シアは移動に使え。押し返そうとするな」
「分かった」
白い人影が少し上へ動く。
その時、周囲を覆っていた光が一瞬だけ薄くなった。
「あれ」
シアの声が止まる。
人影の背後に、何かがあった。
白く透けた四つの形。
上下へ二枚ずつ。
左右へ斜めに開き、全体で大きな交差を作っている。
鳥の翼ではない。
羽根はなく、薄い光の膜に近い。
「翼?」
セトが言った。
「四枚あります」
ネアの視線が、人影の背へ固定される。
次の光を警戒しながらも、シアまで同じ場所から目を離さない。
「さっきまで見えなかった」
「周囲の光に重なっていたのでしょう」
四つの膜そのものも白く発光している。
人影を包む光が強い時には輪郭が溶け、薄くなった時だけ背後へ浮かび上がる。
「ずっとあったのか」
「その可能性はあります」
今見えたから、今生まれたとは限らない。
三人は次の攻撃より先に、その四つの形を見失わないよう目で追った。
その形が動いているのか、周囲の光が揺れて見えるだけなのかも、まだ判別できない。
だからこそ、今は見える形をそのまま追うしかなかった。
◆ 四枚
上側の二枚は、肩の後ろから斜め上へ伸びている。
下側の二枚は、腰より少し高い位置から斜め下へ開いていた。
どれも半透明で、背後の空と湖面が透けて見える。
外縁だけが、周囲よりわずかに強く光っていた。
「服の一部じゃない」
シアが言う。
「身体へ完全に付いているようにも見えません」
ネアは根元へ視線を向ける。
人影と膜の間に、骨や羽の付け根に当たるものは見えない。
身体から生えているというより、身体の周囲を流れる力が形を取っているようだった。
「触れたらどうなるんだろ」
「近づいて確かめるのは後です」
ネアが先に止める。
「まだ何をするものかも分かりません」
「見えてるのは形だけか」
セトは四枚を見比べた。
左右で大きさに差はない。
上と下では角度が違うが、どれも人影の背から斜めへ伸びている。
鳥のように身体を覆うことも、畳むこともしていない。
人影が少し横へ動いた。
四枚は開いたまま、形を崩さない。
「やっぱり翼っぽい」
「形だけなら、ですね」
ネアはまだ断定しなかった。
飛ぶために使っているのか。
原光を扱うためなのか。
それとも、まったく別の意味があるのか。
今の段階で分かるのは、普通の精霊王には見られなかった四枚の膜があることだけだった。
※第42話「四枚の翼」は全七回です。
続きます。
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