(一)赤黒い魔剣
◆ グラウス
「名はグラウス」
壮年の男は、赤黒い剣を構えた。
その刀身の内側で、奪われた火が揺れている。
「お前が先代を殺したのか」
シアが尋ねる。
「ああ」
グラウスは隠そうともしなかった。
シアの手に炎が集まる。
先ほどまで大会で使っていた、小さな火ではない。
赤い光が指先から腕へ広がり、周囲の空気を大きく揺らした。
「なぜ殺した」
「必要だったからだ」
「何に必要だった」
グラウスは答えず、シアを見ていた。
少女の姿。
赤い髪。
炎のような瞳。
その視線は、人間を見るものとは違っていた。
「生まれてから、どれほど経つ」
「お前に答える必要はない」
「先代の知識は持っているが、記憶はない。私のことも知らないか」
「先代が、お前を知っていた?」
「少しはな」
グラウスが赤黒い剣を持ち上げる。
「だが、最後まで私を選ばなかった」
剣の中にある火が、低く脈打った。
◆ 奪われた火
シアが一歩前へ出た。
「その剣から、先代の火を出せ」
「返せと言わないのか」
「返しても、先代は戻らない」
グラウスの眉がわずかに上がった。
「よく分かっている」
「だが、それは先代から奪ったものだ」
「今は私の力だ」
「違う」
シアの周囲で炎が燃え上がる。
街道脇の草が、熱に押されて大きく揺れた。
「お前のものではない」
火が一直線に放たれた。
大会で使ったものとは比べものにならない。
赤い炎が道を埋め、グラウスへ迫る。
グラウスは避けなかった。
赤黒い剣を正面へ向ける。
炎と刀身が触れた。
爆発は起こらない。
剣の周囲で炎が細く引き延ばされ、そのまま刀身の中へ吸い込まれていく。
シアの放った火が、急速に小さくなった。
「なに?」
グラウスが剣を横へ振る。
残った炎が二つに割れ、道の左右へ流れた。
「火を吸ったのか」
セトが白刃を作りながら尋ねる。
「それが、この剣の力だ」
赤黒い刀身が先ほどより明るくなっている。
「精霊力を奪い、蓄える。必要な時に取り出して使う。単純で扱いやすい」
「魔剣……」
「大会の飾りとは違う。本物だ」
◆ 白刃と赤黒い剣
セトはシアの前へ出た。
「下がってろ」
「なぜだ」
「火をそのまま撃っても吸われる」
「なら、吸い切れないほど出す」
「森まで焼くつもりか」
「お前を先に倒せばいい」
グラウスがセトを見る。
白刃へ視線を移し、その形を確かめるように目を細めた。
「その剣を、誰に習った」
「答える必要はない」
「一族の者か」
セトの表情が変わる。
「なぜ知っている」
「その形を知っているからだ」
グラウスが踏み込んだ。
間合いが一瞬で消える。
赤黒い剣が、セトの肩へ振り下ろされた。
白刃で受ける。
二本の剣がぶつかり、白と赤の光が弾けた。
重い。
大型魔獣の突進とは違う。
力だけで押しているのではない。
セトの受ける角度へ合わせ、最も崩しやすい方向へ剣を滑らせてくる。
白刃が外へ流された。
赤黒い剣が返る。
セトは体をひねり、刃を避けた。
服の胸元が浅く裂ける。
「白刃を知っているのか」
「名前も性質もな」
グラウスは剣を止めない。
「長さを変えられることも、見える刀身より斬撃が伸びることも知っている」
◆ 経験の差
セトは白刃を一気に伸ばした。
刃の先から、さらに斬撃が走る。
グラウスは体をわずかに傾けただけで避けた。
避けながら前へ進む。
セトが白刃を短くする前に、赤黒い剣が迫った。
刃を受ける。
押し込まれる。
足元の石が靴の下で鳴った。
「動きが読まれてる」
「読んでいるのではない」
グラウスが白刃を押しながら言う。
「知っているだけだ」
力の向きが変わる。
セトは白刃を支え切れず、体勢を崩した。
赤黒い剣の柄が腹へ入る。
「ぐっ」
息が詰まった。
セトの体が後ろへ飛ばされる。
シアが炎を放った。
グラウスは赤黒い剣で斬る。
炎が左右へ分かれ、刀身へ吸い込まれた。
「大きな火は吸われる」
セトが立ち上がりながら言う。
「小さな火も吸われた」
「剣に触れさせるな」
「どうやって倒す」
「俺が隙を作る」
「さっき倒されていた」
「見れば分かることを言うな」
◆ 小さな火
セトが再びグラウスへ向かう。
正面から白刃を振る。
グラウスは赤黒い剣で受けた。
触れた瞬間、白刃の表面が揺らぐ。
集めていた精霊力が、赤黒い剣へ引かれている。
セトはすぐに白刃を離した。
「白刃まで吸うのか」
「触れ続ければな」
グラウスが踏み込む。
その足元へ、小さな火が置かれた。
大会でシアが使っていたものと同じ程度の火だった。
グラウスは構わず踏みつける。
火は靴の下で消えた。
「その程度では止まらん」
「止めるためではない」
シアが次の火を放つ。
グラウスの右。
左。
背後。
どれも威力は低い。
グラウスは避けなかった。
炎を踏み消しながら、セトへ剣を振る。
だが、火が消えるたびに赤い光が一瞬だけ視界を塞ぐ。
その短い間に、セトは白刃の長さを変えた。
赤黒い剣の下を抜け、白刃の柄をグラウスの脇腹へ打ち込む。
硬い感触が返った。
グラウスが一歩下がった。
「なるほど」
感心したように言う。
「火の使い方を教えたのか」
「シアが自分で考えた」
「人間の指示に従うだけではないか」
グラウスは、わずかに笑った。
「それはいい」
※第8話「奪われた炎」は全七回です。
続きます。
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