(一)食い違う道
◆ 届いた知らせ
翌朝、シアが不意に顔を上げた。
焚き火の残りを片付けていた手が止まる。
「フィオラからだ」
少し遅れて、ネアも目を閉じた。
精霊王同士の念話は、長い言葉を運べない。
伝わるのは、短い状況と、おおよその方角だけだ。
「強い光」
「広がってる。人が逃げてる」
「わたしにも同じ内容が届きました」
ネアは、シアが見ている方角へ視線を向けた。
「異常の中心までは分かりません。ただ、かなり広い範囲へ影響が出ているようです」
「光の精霊王か」
セトが尋ねる。
「たぶん」
シアは短く答えた。
眠りの王から役割が解放されて以降、各地で次代の精霊王が生まれている。
樹。氷。土。重。晶。
いずれも、創世期には必要だった役割を、すでに人と生態系が存在する現在の世界へ、そのまま適用しようとしていた。
今度も同じなら、放置はできない。
「行こう」
セトは荷物を背負った。
昨日見つけたものについて、考えている時間は終わった。
使わないと決めた。
ならば、使わないまま戦う方法を選ぶだけだった。
◆ 逃げてくる人々
異変の方角へ進むにつれ、街道を逆向きに進む者が増えた。
荷車へ家財を積んだ家族。家畜を引く者。負傷者を背負った兵士。
誰もが何度も後ろを振り返っている。
道の脇では、片方の車輪が外れた荷車を、数人が持ち上げようとしていた。
「手伝う」
セトが荷物を下ろす。
シアが荷台を持ち上げ、セトが車輪を軸へ戻した。
シア一人でも荷車ごと運べそうだったが、それをすると車体が先に壊れる。
「助かった」
荷車の持ち主が頭を下げた。
「向こうはどうなっている」
セトが尋ねる。
「分からない」
男は首を振った。
「夜でも明るい。畑が一晩で伸びたと思ったら、次の光で全部焼けた。道も、昨日までの場所にはない」
「道がない?」
「丘ができた」
男は、自分で口にした言葉を信じられないような顔をした。
「朝になったら、街道の真ん中に丘があった。反対側では地面が沈んで、家が二軒落ちた」
「人は?」
「先に逃げていた。家は空だった」
セトはうなずく。
「この先に、まだ残っている人はいるか」
「近い村は避難したはずだ。だが、道が変わっている。全員が同じ方向へ逃げられたかは分からない」
男は三人を見回した。
「行くのか?」
「そのつもりだ」
「光に近づくな。狙ってくる」
その言葉に、ネアが反応した。
「誰かを選んで攻撃するのですか?」
「分からない。何もない場所にも撃つ。人がいる場所にも撃つ」
男は、もう一度後ろを見る。
「だから、狙っているようにも、何も見ていないようにも見える」
◆ 食い違う道
荷車が動き始めるより先に、別の集団が街道を下ってきた。
十人ほどの男女が、最低限の荷物だけを背負っている。
一人が先ほどの男を見つけて駆け寄った。
「西へ行くなら橋は使うな!」
「橋?」
荷車の男が眉を寄せる。
「川沿いの石橋だ。今朝通った時には何ともなかったぞ」
「もう川がない」
「何?」
新しく来た男が息を整える。
「水が東へ流れてる。橋は地面の上に残ってるが、渡った先が崖になった」
「そんな馬鹿な。俺たちはそこから来たんだ」
「いつだ?」
「日の出より少し前だ」
「俺たちが引き返したのは、その後だ」
二人とも嘘を言っているようには見えない。
セトは地図を出した。
男たちが指した場所は同じだった。
「川そのものが移動したのか」
シアが地図をのぞき込む。
「まだ分かりません」
ネアが答えた。
「大地が動いて水路が変わった可能性もあります。ですが、どちらにしても同じですね」
「何が?」
「少し前に正しかった道が、今も正しいとは限りません」
セトは地図を畳む。
「人に聞いた道も同じか」
「はい」
先ほどまで、避難民から情報を集めれば安全な経路を選べると考えていた。
情報が間違っているわけではない。
正しかった情報が、短い時間で使えなくなっている。
「道を教える時も気をつけた方がいい」
セトは荷車の男へ言った。
「今通れた道が、後から来る人にも通れるとは限らない」
「そんなもの、どう逃げろっていうんだ」
男の声に怒りはなかった。
困り果てているだけだった。
セトにも答えはなかった。
「少なくとも、光が見える方へは近づかないでくれ」
それだけ伝え、三人は先へ進んだ。
※第41話「混沌の光」は全七回です。
続きます。
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