(四)黒刃の限界ではない
◆ 黒刃の限界ではない
「また手首の前だ」
「黒刃は?」
「まだ余裕がある」
セトは黒刃を消さずに見る。
輪郭は安定している。
術が限界へ近づいた時の揺れもない。
「黒刃が一杯になって押し戻してるわけじゃないな」
「そのように見えます」
翌日も同じ確認を続けた。
最初は小さな火を数回。
止まる位置が変わらないことを確かめる。
その後、ネアが量を見ながら、シアの炎を少しだけ強くした。
黒刃が炎を崩す。
外へ散る原光が増える。
同時に、左手へ向かう流れも大きくなる。
黒刃はまだ保つ。
だが、セトの身体が先に術を弱めた。
「今、黒刃の方を弱くした?」
シアが聞く。
「俺はしてない」
もう一度、同じ量を受ける。
黒刃が炎を崩した瞬間、左手へ向かう流れが強くなる。
その直後、黒刃そのものへの原光の排除が少し緩んだ。
「黒刃の限界じゃない」
「ええ。黒刃の構造より先に、セトの身体が術を弱めています」
ネアが答えた。
「さっきと同じところ?」
「手首の前だ」
少し休み、もう一度だけ同じ量を受ける。
今度は、何が起こるか分かったうえで流れだけを見る。
黒刃が火を崩す。
原光が左手へ向かう。
手首の内側で流れが急に細くなった。
鋭い痛みが走る。
黒刃が消える。
残った火は、ネアが横へ流した。
◆ 閉じた道
「痛い?」
シアが近づく。
「少し」
「少しではありません」
ネアがセトの手首へ触れた。
銀青色の線が肘まで伸びる。
「精霊回路に損傷はありません」
「なら、なぜ止まった」
「損傷しないためです」
セトは左手を握って開く。
痛みはもう薄れている。
黒刃で奪った原光は、通常なら周囲へ散る。
そのままセトが使える力になるわけではない。
だが、黒刃だけで処理しきれなかった一部は、セトの身体へ向かっていた。
左手。手首。前腕。
流れが入る前に、身体が黒刃を弱め、最後には解除する。
「回路が細いのか」
「構造上、通らないわけではありません」
ネアが答える。
「通せる道はあります。ただ、そこへ大きな量を通さないように止めています」
「塞がってるわけじゃない?」
「ええ。物理的に閉じた回路というより、流れを閉じている状態に近いです」
セトは左手を開く。
傷はない。指も動く。
それでも、原光が向かおうとした道筋は分かった。
手首から前腕へ。肘から肩へ。
その先にも道は続いている。
道がないわけではない。
身体が自分で流れを細くしている。
◆ 慣らせるのか
「黒刃が壊れる前に、セトが止めた?」
シアが尋ねる。
「意識してやったわけじゃないけどな」
シアは少し考える。
「毎日そこまで流したら、そのうち通るようになる?」
「慣らすってことか」
「うん」
セトも同じ可能性を考えた。
筋肉なら、負荷をかけて休めば以前より強くなる。
精霊術も、繰り返すことで扱いが上達する。
なら、止まる直前まで何度も流せば、少しずつ限界が広がるのではないか。
「今の確認だけでは、そう判断できません」
ネアが静かに否定した。
「なぜ?」
「わたしたちが確認したのは、損傷する前に流れが止まることです。止まるところまで何度も追い込めば回路が強くなる、という事実は確認していません」
「でも壊れてない」
「今回は、止まったから壊れなかったのです」
シアが黙る。
「止まったところを毎回叩けば広がる、とは限らないか」
「はい。むしろ、安全に止めている場所へ何度も負荷を集めることになります」
セトは左手首を見る。
訓練法がないからこそ、自分で探している。
だが、自分で探すことと、根拠なく身体を傷めつけることは同じではない。
「慣らすのは保留だな」
「それが良いと思います」
※第40話「限界を外す刃」は全七回です。
続きます。
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