(一)動かない身体
◆ 動かない身体
目を覚ました時、セトは見覚えのない天井を見ていた。
木の梁。白く塗られた壁。
開けられた窓から、朝の光が差し込んでいる。
身体を起こそうとする。
腕へ力を入れた途端、肩から背中にかけて重い痛みが走った。
「起きないで」
横からシアの声がした。
セトが顔だけを向ける。
シアは窓際の椅子へ座っていた。
二つの赤い分霊核が、その肩の左右へ浮かんでいる。
「どれくらい寝ていた」
「夜から朝まで」
「普通だな」
「途中で二回起きた。でも覚えてない」
「それは寝ていたことになるのか」
「また寝たから、なってる」
セトはもう一度起き上がろうとした。
今度は肘を寝台へつく。
「だから起きないで」
「起きられるか確認している」
「起きられてない」
◆ 昨日よりは
扉が開き、ネアが部屋へ入ってきた。
手には水の入った器を持っている。
二つの黒い分霊核が、少し遅れて室内へ入った。
「何をしているのですか」
「起きられるか確認していた」
「確認する必要はありません。まだ起きないでください」
ネアは器を小さな台へ置いた。
セトの手首へ指を触れる。
銀青色の細い線が、腕から肩へ伸びた。
「昨日よりは整っています」
「なら起きられる」
「昨日よりは、です」
「同じことを言ってる」
シアが言った。
「セトが都合のよい部分だけ聞いています」
線が胸元を通り、背中へ回る。
精霊回路に大きな損傷はない。
だが、身体の内側を流れる原光は、所々で滞っていた。
二本の精霊剣から流れ込んだ力を受け止め続けたため、全身がまだ通常の流れへ戻っていない。
「腕や脚を傷めたわけではありません」
ネアが言う。
「身体の一か所ではなく、全体が疲れています」
「立つくらいなら」
「立つ必要がありません」
◆ 残っている力
セトは、シアの周囲に浮かぶ赤い分霊核を見た。
昨日より光が強い。
夜の間にも、シアは少しずつ力を戻していたらしい。
ネアの黒い分霊核にも、銀色の線が巡っている。
「二人は平気なのか」
「平気」
シアがすぐに答える。
「まったく消耗していないわけではありません」
ネアが訂正した。
「ただ、セトよりは回復しています」
「分霊核にも力が残ってる」
シアが赤い玉を一つ手元へ寄せる。
内部には、まだ火の光が揺れていた。
「昨日の戦いが続いても、私はもう少し戦えた」
「わたしもです」
ネアの返答に迷いはなかった。
「晶の精霊王が再び結晶化を始めても、しばらくは止められました」
「でも、セトが動かなかった」
シアが言う。
「ああ」
セトは自分の右手を見た。
指は動く。拳を握ることもできる。
それでも、剣を持って立つ姿は想像できなかった。
◆ 戦いの後
晶の精霊王との戦いは終わっている。
林の結晶化も止まった。
固まった川や木をすぐに元へ戻すことはできないが、これ以上広がる様子はない。
シアとネアは、倒れたセトを近くの集落まで運んだ。
途中で迎えに来た兵士たちが荷車を用意し、三人は夜のうちに空いていた家へ入った。
「晶の精霊王は?」
「地面の深いところで結晶を作ってる」
シアが答える。
「上へ出さないよう、場所を選んでいます」
ネアが続けた。
「今朝も確認しましたが、林へ再び広げる様子はありません」
「二人で行ったのか」
「近いから」
「セトが寝ている間に、川を塞いでいた結晶も少し動かしてきました」
「戦った次の日に?」
ネアがセトを見る。
「だから、わたしたちはセトより動けると言っているのです」
◆ 休む日
朝食が運ばれてきた。
柔らかく煮た穀物と、細かく切った野菜が入った汁物だった。
セトは寝台の上で身体を起こし、壁へ背を預けた。
そこまで動くことは許された。
汁物の器を持つ。
腕が震えるほどではない。
だが、持ち続けると肩の奥が重くなった。
「重の精霊王と戦った後にも、右腕へ疲れが残っていました」
ネアが言う。
「その翌日に移動して、晶の精霊王と戦いました。完全に回復していたわけではありません」
「一日は休んだ」
「一日しか休んでいません」
「動けた」
「動けることを、十分に回復した基準へしないでください」
前にも言われた言葉だった。
シアが汁物を飲みながらセトを見る。
「今回は、動けなくなった」
「分かっている」
「なら休む」
「ああ」
「今日はずっと」
「それは長い」
「一日だから長くない」
※第39話「人間がボトルネック」は全五回です。
続きます。
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