(四)黒い制御点
◆ 黒い制御点
「分霊核を、街道側へ」
セトが言う。
「そのつもりです」
黒い玉が、ネアから八メートルほど離れた。
街道までは、そこからさらに距離がある。
ネアは分霊核を起点に、銀色の線を地面へ通した。
自分から直接伸ばすより、街道の隆起へ近い位置から力が広がる。
持ち上がっていた地面へ線が絡み、土の力を左右へ分散させた。
荷車の下で、隆起が止まる。
同時に、ネア自身は目の前の土の人影を押さえ続けている。
「二つとも止まった」
シアが言った。
「今のところは」
ネアの眉がわずかに寄る。
◆ 二つの違う制御
本体を押さえる力と、街道を止める力は同じではなかった。
本体には、土の精霊王が集める力を吸収し、外へ逸らす必要がある。
街道では、すでに動き始めた地面の圧力を分散し、荷車が倒れない形へ戻す必要がある。
同じ術を二か所へ置くだけでは足りない。
ネアは自分の両手をわずかに動かした。
右側の羽衣が本体へ向かう線と重なる。
左側の羽衣は、分霊核へ続く線に沿って揺れた。
「別々に動かしてる」
シアが言う。
「ええ」
「難しい?」
「簡単ではありません」
「できてる」
「分霊核が一つなら、まだ扱えます」
◆ 大地の反撃
土の精霊王が、さらに力を広げた。
川岸が割れる。
丘の斜面から石が落ちる。
街道の隆起とは別に、畑の中央が沈み始めた。
「三つ目」
シアが畑へ走る。
赤い分霊核が先行し、崩れた土の前へ炎の壁を作った。
火で大地の動きを止めることはできない。
だが、落下する石を砕き、避難する人間へ届くものを防げる。
「人は私が守る」
「お願いします」
ネアは本体と街道から意識を外さない。
セトも荷車へ駆け寄り、傾いた荷台から住民を下ろす。
土の精霊王は、誰かを狙っていない。
そのため、どこへでも作用できた。
◆ 広ければよい
「すべてを止める必要はない」
土の精霊王が言う。
「一つでも動けば、大地は変わる」
「一つでも残せばよいということですか」
「広いほどよい」
「細かな形は?」
「後から決まる」
「そこに何があるかは?」
「動いた後で変わる」
ネアの銀青色の瞳が、わずかに細くなる。
「あなたは、作った後の結果しか見ていません」
「結果として生命が増える」
「消えた生命を数えていないからです」
「消えたものは数えられない」
「数えようとしていないだけです」
土の人影の周囲で、地面が強く震えた。
◆ 本体を固定する
ネアは本体へ向けていた線を集めた。
吸収するだけではない。
土の精霊王が地面へ力を広げる経路を読み、一つずつ外側から閉じていく。
川へ続く流れ。
丘へ続く流れ。
街道へ続く流れ。
すべてを断てば、大地の中へ圧力が残る。
ネアは流れを切らず、自分の周囲へ回すように曲げた。
土の精霊王が外へ押し出した力が、地面へ入る前に円を描いて戻る。
「動かない」
「動かせないようにしています」
「広げる場所がない」
「同じ場所へ戻しています」
土の人影の輪郭が崩れかけ、すぐに固まった。
◆ 川の底
その時、分霊核から伝わる感覚が変わった。
街道ではない。
さらに先にある川の底へ、強い力が集まっている。
「ネア」
セトも川の音に気づいた。
流れが急に弱くなっている。
川底が持ち上がり、上流の水をせき止め始めていた。
街道の隆起を止めたまま、川底まで制御するには、黒い分霊核から出している線を分ける必要がある。
「分けられる?」
シアが尋ねる。
「やります」
ネアは分霊核へ意識を向けた。
黒い玉から伸びる銀色の線が二つへ分かれる。
一方は街道を押さえる。
もう一方は川へ向かう。
◆ 分霊核から見る川
黒い分霊核は川を直接見ていない。
目も、意思もない。
それでも、ネアの力が川底へ触れれば、そこにある原光の流れがネアへ返ってくる。
自分の足元とは違う場所。
違う角度。
違う深さから、川底の変化を捉えられる。
「見える」
ネアが小さく言った。
「何が?」
「川の下です」
持ち上がろうとしている土の層。
その下へ流れ込む圧力。
ネアは正面の本体を押さえながら、分霊核側の線で圧力だけを横へ流す。
川底の隆起が止まった。
せき止められかけていた水が、再び流れ始める。
※第37話「大地を動かす王」は全六回です。
続きます。
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