(三)月と土
◆ 大地の活性化
「なぜ、土地を動かしているのですか」
ネアが尋ねる。
「大地は動く」
土の精霊王の声が答えた。
「動かなければ、同じ形のまま古くなる」
「山や川は、今も少しずつ変化しています」
「遅い」
「何を急いでいるのですか」
「山を作る。山を崩す。陸を海へ沈める。海の底を陸へ上げる」
地面が小さく震える。
「大陸を動かせば、海が分かれる。土地が離れれば、生命も分かれる。違う場所で、違うものが生まれる」
「そのために、ここを沈める?」
シアが畑を指した。
「ここでなくてもよい。だが、ここでもよい」
◆ 創世期の理屈
「世界が形を持つ前なら、必要だったでしょう」
ネアが言う。
「何もない大地へ山を作り、海と陸を分ける。土地を離し、異なる環境を作ることも」
「今も必要だ」
「今は、すでに山があります。海も、大陸も、異なる環境で生きる生命もあります」
「増やせる」
「増やすために、今あるものを壊しています」
「壊れた場所には、新しいものが生まれる」
土の精霊王の声に、悪意はなかった。
古いものが崩れ、その跡から新しいものが生まれる。
それだけを見れば、間違いではない。
だが、今ここで壊されるものには、暮らしている人間と、すでに根を張った生命が含まれている。
◆ 結果だけを見る王
「新しいものが生まれれば、消えたものはどうでもいい?」
シアが尋ねる。
「消えたものは戻らない」
「だから聞いてる」
「別のものが生まれる」
「同じじゃない」
「同じである必要はない」
シアの周囲へ、赤い炎が薄く広がる。
「家を潰して、別の家ができればいいって言ってる」
「家は大地ではない」
「家も大地の上にある」
セトが間へ入る。
「話している間も、川と丘を動かしているな」
「動かすことが役割だ」
「なら、止める」
地面の震えが少し強くなった。
「止められるなら」
◆ 月と土
ネアが両腕を広げる。
羽衣の縁から銀青色の線が何本も伸び、地面へ沈んだ。
土の精霊王が固定し、押し上げ、形を変えようとしている原光の流れを捉える。
月の力は、土そのものを砕く力ではない。
物質へ変化を与える前の流れを吸収し、曲げ、分散させる。
丘を持ち上げていた力が横へ逸れ、地面の中で薄まった。
川床を沈めていた力は、複数の方向へ分けられ、深く押し込む圧力を失う。
二つの土地の動きが止まった。
「止めた」
シアが言う。
「まだです」
ネアの視線は、足元へ向いたままだった。
◆ 本体の位置
動きを止められた土の力が、一か所へ戻り始める。
川と丘の間にある、平らな地面。
何も見えなかった場所が、ゆっくり盛り上がった。
土と石が人の輪郭に近い形を作る。
完全な身体ではない。
地面から上半身だけを押し出したような姿だった。
顔に当たる部分には、目も口もない。
それでも、声はそこから聞こえた。
「月は、大地の動きを止める」
「永遠に止めるわけではありません」
ネアは土の人影へ線を集中させる。
「今、あなたが加えている変化を止めています」
「ここを止めても、ほかを動かせる」
「試してみてください」
◆ 離れた隆起
土の精霊王の人影が、地面へ手を触れた。
ネアの近くにある力は動かない。
銀青色の線が絡み、土へ変換される前の流れを押さえている。
代わりに、街道の向こうから大きな音が響いた。
遠く離れた場所で、地面が盛り上がっている。
避難中の荷車が傾き、人々が声を上げた。
「こっちは止められても、あっちは動く」
土の精霊王が言う。
「広い場所を動かせば、すべては止められない」
ネアが遠くを見る。
今、本体へ向けている制御を外せば、足元の土地が再び動く。
遠方を放置すれば、街道と荷車が崩れる。
「昨日の私と同じ」
シアが言う。
「攻撃と防御じゃないけど」
「ええ」
ネアの横へ、黒い分霊核が浮かび上がった。
※第37話「大地を動かす王」は全六回です。
続きます。
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