(一)黒い宝玉
◆ 黒い宝玉
伝言に書かれていた店は、町の南側にあった。
宝石を売る店ではない。
金属や石を削り、装飾品の部品を作る加工場だった。
「黒くて、小さくて、加工できない玉」
セトが店主へ伝える。
「ああ。それなら、これでしょう」
店主は作業台の下から、小さな木箱を取り出した。
中に入っていたのは、指先ほどの黒い玉だった。
光を反射しているはずなのに、表面のどこが明るいのか分かりにくい。
黒い色が外側にあるというより、奥まで暗いものが詰まっているように見えた。
「削ろうとしたのですか」
ネアが尋ねる。
「穴を開けて、首飾りにするつもりでした。刃が欠けただけでしたが」
箱の隅には、折れた細い工具が残されていた。
◆ 返らない月の力
「確かめます」
ネアは黒い玉から数歩離れた。
羽衣の縁へ、淡い銀色の光が走る。
薄く広げられた月の力が、加工場の壁、床、工具、積まれた石へ触れて戻ってくる。
木箱の中央だけ、何も返らなかった。
「これですね」
「もう分かった?」
シアが黒い玉をのぞき込む。
「ええ。わたしの力だけが吸収されています」
シアも細い炎の力を近づける。
赤橙色の力は、黒い玉の表面へ触れ、そのまま戻った。
「私のは入らない」
「月の分霊核ですから」
「黒いと見つけにくい」
「赤ければ見つけやすいわけでもありません」
「私は見つけた」
「商人が候補を三つまで絞った後です」
シアは少し考えた。
「半分は私」
「かなり多く見積もりましたね」
◆ 加工できないだけの石
店主は三人の会話を聞きながら、木箱へ目を落とした。
「それは、本当に何かの道具なのですか」
「月の精霊王が使う器です」
セトが答える。
「今までは、ただの石だったのか」
「力が入っていなかっただけです」
ネアが言った。
「人間が持っていても、勝手に動くことはありません」
「加工できない理由も、その器だから?」
「おそらくは」
店主は折れた工具を見る。
「なるほど。腕が悪かったわけではないのか」
「そこまでは分かりません」
「ネア」
セトが小さく呼ぶ。
「器の方が原因です」
ネアは言い直した。
「工具の扱いについては判断できません」
「それで十分です」
◆ 二つ目の売買
黒い玉は、加工場へ持ち込まれた古い装飾品の中に混ざっていた。
金具は壊れており、ほかの石はすでに取り外されている。
黒い玉だけが加工できず、処分する理由もなかったため残されていた。
「買い取れますか」
セトが尋ねる。
「構いません。ただ、正体を聞いた後では、値を付けにくいですね」
「元の石としての値段でお願いします」
ネアが言う。
「精霊王が使えば価値が変わるからといって、人間が使えない状態の価値まで変わるわけではありません」
「高くしても買うと思う」
シアが言った。
「シア」
「昨日の人も言ってた」
「言っていましたが、今それを教える必要はありません」
店主は笑い、最初に考えていた値段を示した。
セトはその額を支払った。
◆ 月の器
三人は町の外へ移動した。
シアの分霊核を試した空き地とは、反対側にある岩場だった。
周囲には大きな物がなく、力が反射した場合も確認しやすい。
「少しずつ入れます」
ネアは黒い玉を掌へ載せた。
「ネアなら言われなくても分かってる」
シアが言う。
「あなたを見た後ですから、なおさら慎重になります」
「壊れなかった」
「壊れなかった結果だけを基準にはしません」
ネアの指先から、細い銀青色の力が流れる。
黒い玉は、光を吸い込むように月の力を受け入れた。
しばらくすると、内部に細い銀色の線が現れた。
線は円を描くように巡り、黒い玉が静かに浮き上がる。
◆ シアとの違い
ネアは、シアのように分霊核を周囲へ回さず、掌の上で止めていた。
「動かない」
シアが言う。
「止めているからです」
ネアが意識を向けると、黒い玉が右へ滑った。
上下へ動かす。
背後へ回す。
再び正面へ戻す。
どの動きにも揺れが少ない。
「最初から上手い」
「分霊核を動かした経験はありません」
「でも、私より上手い」
「力を離れた位置で制御することには慣れています」
ネアは黒い玉から銀色の線を伸ばした。
線は岩へ触れ、表面をなぞってから消える。
「攻撃より、こっちの方が合っていますね」
※第37話「大地を動かす王」は全六回です。
続きます。
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