(六)次の色
◆ 残す寒さ
氷の精霊王は、道標より上へ冷気を流した。
山肌の雪がわずかに厚くなる。
シアは止めなかった。
「そこは燃やさないのか」
氷の精霊王が尋ねる。
「前から寒い場所だから」
「寒さを妨げるのではないのか」
「下へ広げるのを止めただけ」
氷の精霊王は、もう一度だけ山の下を見た。
「火は、寒さをなくしたいのではない」
「私は火だけど、世界を全部燃やしたくはない」
「火の役割ではないのか」
「燃やすことはできる。でも、何を燃やすかは私が決める」
氷の精霊王は答えなかった。
役割ができることと、役割だけを実行することは違う。
その違いを、シアは説明より先に、自分の行動で見せていた。
◆ 川を戻す
氷の精霊王が、凍った川へ手を向けた。
「これは戻すのか」
「一度に全部はやめてください」
ネアが言う。
「下流が危ない」
「少しずつ」
「はい」
氷の精霊王が、川へ流していた冷気を弱める。
シアも分霊核の炎を細く伸ばし、凍結の薄い場所から順に温めた。
氷の下で、水が小さく動く音がする。
最初は細い流れだった。
やがて、氷の割れ目から水が見え始める。
川岸の雪をすべて溶かすことはしない。
上流の寒さも残す。
必要な流れだけを戻していく。
「こっちの方が難しい」
シアが言った。
「全部溶かすよりは」
「当然です」
◆ 一核の違い
集落へ戻る頃には、冷気の境界は山の上へ後退していた。
凍った家や畑がすぐ元へ戻るわけではない。
だが、新しい氷が増えることは止まっている。
兵士たちは井戸と川を確かめ、住民を戻す時期を相談し始めた。
「ほとんど、シア一人で押し切ったな」
セトが言う。
「相性だけなら、どっちもどっちだった」
「火だけなら、向こうの冷気で止められていました」
ネアが言った。
「分霊核が防御を続けたため、シアは攻撃へ集中できました」
「火が強くなったわけじゃない」
シアは肩の周囲を回る赤い玉を見る。
「でも、前よりずっと楽だった」
「一つの動作を強くしたのではなく、二つの役割を同じ時間に処理できるようになったからです」
「攻撃と防御」
「それに、攻撃位置の切り替えです」
◆ 残っている力
シアは分霊核を手元へ寄せた。
内側の赤い光は、戦う前より薄くなっている。
それでも、完全には消えていなかった。
「まだ残ってる」
「かなり使いましたが、空にはなっていませんね」
ネアが分霊核の状態を見る。
「もっと入れておけば、もっと残った」
「安全量を確認せずに満たす話へ戻さないでください」
「壊れなかった」
「今回壊れなかったことは、限界まで入れても壊れない証明ではありません」
セトは二人のやり取りを聞きながら、山の上を見た。
氷の精霊王は、道標の近くに残っている。
白い冷気は山頂へ向かい、下へは流れてこない。
少なくとも、今は約束を守っていた。
◆ 次の色
集落の詰め所には、町の商人から新しい伝言が届いていた。
赤い玉を探した時に聞き回った相手から、別の情報が返ってきたらしい。
「黒くて、小さくて、加工できない玉」
セトが紙を読む。
「条件に近い物を見た者がいるそうだ」
ネアが紙を受け取った。
「次はネアの番」
シアが言う。
「本物かどうかは、まだ分かりません」
「近くで探せば分かる」
「ええ。シアの時と同じ手順で確かめます」
ネアは伝言に書かれた場所を確認する。
シアの周囲では、赤い分霊核が静かに回っていた。
火の量が急に増えたわけではない。
それでも、一つの攻撃を続けながら別の場所を守り、離れた二つの位置から相手の逃げ道を狭められた。
昨日まで一つだった行動点が、二つになった。
次は、月の力を置くもう一つの場所を探す。
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