(五)ほぼ一方的な制圧
◆ 近づけない王
氷の精霊王が地面を凍らせる。
シアの足を固定しようと、白い氷が靴へ絡みついた。
分霊核が足元へ下がる。
氷だけを溶かし、シアの前進を止めない。
上から氷柱が落ちる。
赤い玉が頭上へ移り、熱の膜で受ける。
正面へ氷壁が立つ。
シア自身の炎が壁を砕く。
氷の精霊王が距離を取ろうとするたび、分霊核が別の側へ回った。
攻撃が来るかもしれない位置を無視できず、動きが遅れる。
シアは一度も、防御のために攻撃を止めなかった。
白い人影まで、あと一歩になる。
「止まれ」
シアの拳が、氷の精霊王の胸元で止まった。
炎はまとっているが、触れてはいない。
◆ ほぼ一方的な制圧
氷の精霊王が腕を動かす。
分霊核が背後へ回り、炎の輪を作った。
後ろへ下がれば、その輪へ触れる。
横へ動けば、シアの拳が届く。
正面にはシアがいる。
氷の精霊王は周囲を凍らせようとした。
赤い玉の炎が地面を温め、凍結を止める。
シアの炎は、目の前で消えない。
「まだやる?」
「火の量が増えた」
「増えてない」
シアは即座に否定した。
「私の火は昨日と同じ。もう一か所が動いてるだけ」
「二つある」
「一つは私。一つは分霊核」
氷の精霊王は、シアの肩越しに赤い玉を見る。
「防ぎながら、攻撃していた」
「そう」
◆ 反撃できない理由
氷の精霊王は、もう一度だけ冷気を集めた。
シアの正面へ向けたものではない。
背後の川を凍らせ、そこから氷を持ち上げようとしている。
分霊核が先に動いた。
川面へ薄い炎を広げ、氷が形を作る前に崩す。
その間も、シアは氷の精霊王の前に立ったままだった。
「そっちを止めたら、こちらが空く」
氷の精霊王が言う。
「空かない」
シアの掌に炎が灯る。
「私がいる」
氷の精霊王は、分霊核へ冷気を向けようとした。
その瞬間には、シアの炎が正面から近づく。
シアを止めれば、分霊核が川を守る。
分霊核を止めようとすれば、シアが攻める。
どちらか一方へ力を集中しても、もう一方の役割が残った。
氷の精霊王は、集めた冷気を解いた。
「続けても、広げられない」
「そう」
「火が強いからではない」
「さっき言った」
◆ 勝つためではなく
セトとネアが近づく。
氷の精霊王は攻撃しなかった。
シアも拳の炎を消す。
ただし、分霊核の炎は足元に残した。
「倒しに来たのではありません」
ネアが言う。
「なら、なぜ止める」
「寒さが必要だからこそ、残す場所を選んでもらうためです」
「広い方がいい」
「広げた先に、すでに別の役割で成り立つ場所があります」
ネアは山の下を見る。
白く凍った集落、その先のまだ緑が残る土地。
「今の世界は、何もない大地ではありません。寒さを作るだけで循環を始める段階は、もう終わっています」
「循環は必要だ」
「ええ。だから、山の寒さまで消そうとはしていません」
◆ 以前から寒い場所
三人は氷の精霊王を連れ、少し山を上った。
そこには、古い道標が半分雪へ埋もれていた。
兵士が持っていた地図では、以前から雪が残る範囲の下端に当たる。
道標より上では、背の低い木と白い地面が続く。
下では、凍った森が広がっている。
「ここから上は、前から寒かった」
セトが言う。
「ここから下は?」
「季節が変われば雪が溶け、川が流れ、植物が育つ場所です」
氷の精霊王は、道標の上下を見る。
「寒さをここで止める」
「止めたら、役割を果たせない?」
シアが尋ねる。
「寒い場所は残る」
「なら果たせる」
「広げなくても?」
「足りてるなら」
◆ 程度を知る
「何をもって、足りていると判断する」
氷の精霊王が尋ねる。
「一つだけの基準では決められません」
ネアが答えた。
「雪が残る範囲、川の流れ、そこで生きるもの、山の下で暮らすもの。今あるものを見て決めます」
「役割だけでは決められない」
「はい」
「人間が決めるのか」
「人間だけでもありません。あなたも見て、知る必要があります」
氷の精霊王は、道標へ手を触れた。
新しい氷が表面へ薄く広がる。
そこで止まった。
「ここから下へは広げない」
「今は、で終わらせないでください」
「下にあるものを知るまで、広げない」
完全に理解したわけではない。
それでも、役割を実行する前に、そこに何があるかを見るという一つの条件を受け入れた。
※第36話「氷の世界」は全六回です。
続きます。
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