(三)器が目覚める
◆ 持ち主への説明
「これは何なのですか」
宝石商が尋ねた。
「火の精霊王が使う器です」
セトが答える。
「今まで危険がなかったのは、火の精霊王が力を入れていなかったからだ」
「武器になりますか」
「使い方によっては」
ネアは曖昧にしなかった。
「ただし、人間が持っていても動きません。勝手に燃えたり、誰かへ作用したりする物でもありません」
「では、あなた方へ渡せば動く」
「シアなら使えます」
宝石商は赤い玉を見た。
「元は精霊王の物だから、返せと言われるのでしょうか」
「言わない」
セトはすぐに答えた。
「あなたが盗んだ物ではない。今の持ち主はあなたです」
見つけることと、取り上げることは別だった。
◆ 売るための値段
「買えるなら買いたい」
セトが言った。
宝石商は少し考え、値を示した。
希少な宝石としては高くない。
何にも加工できない小さな玉としては、安くもなかった。
「その値段でいい」
「すぐに決めるのですか」
「必要な物だ」
「もう少し値を上げても買いそうですね」
「今から上げるのか」
「冗談です」
宝石商は代金を受け取り、箱ごとセトへ渡した。
「一つだけお願いがあります」
「何だ」
「本当に動くところを見せてもらえませんか。何年も正体が分からなかった石です」
ネアが店内を見回す。
「ここで試すのは危険です」
「町の外なら?」
「最初の確認だけなら」
◆ 最初に入れる力
三人と商人、宝石商は町の外へ出た。
街道から離れた空き地へ移動する。
周囲に家も畑もない。
セトは木箱を地面へ置き、蓋を開いた。
赤い玉は、まだ宝石にしか見えなかった。
「少しずつです」
ネアが言う。
「分かってる」
「昨日は、少しずつ最大まで入れると言いました」
「今日は少しだけ入れる」
「最大は付けませんね」
シアは玉へ指を近づけた。
指先から、ごく細い赤橙色の力を流す。
炎にはしない。熱も持たせない。
玉はシアの力を吸い込み続けた。
◆ 器が目覚める
最初は、何も変わらなかった。
しばらくすると、玉の内側へ小さな赤い光が灯る。
表面が光ったのではない。
奥へ沈んでいた色が、内側から明るくなっている。
「動いた」
シアが指を離す。
赤い玉が布から浮いた。
数センチだけ上がり、その場に止まる。
次に、シアの手の周囲をゆっくり回った。
「声は?」
セトが尋ねる。
「ない」
「記憶は?」
「ない。何も考えてない」
過去の精霊王が目覚めたわけではない。
シアの力を受け入れ、器として動き始めただけだった。
◆ 周りを回る玉
シアが右へ歩く。
赤い玉も付いてくる。
肩の高さを保ち、少し遅れて円を描いた。
「動かしているのはシアですか」
ネアが尋ねる。
「たぶん」
「止めてください」
シアが意識を向けると、玉の動きが止まった。
「上」
玉が上がる。
「左」
左へ動く。
「後ろ」
シアの背後へ回った。
「考えた方向へ動く」
「自分で判断している感覚は?」
「ない。手を動かすより、火を動かす感じに近い」
分霊核は命令を聞いているのではない。
シアが自分の力の延長として動かしていた。
◆ 動かせる距離
ネアは地面へ印を付けた。
「少しずつ離してみてください」
シアは玉を前へ動かす。
三メートル。
五メートル。
その距離では、まだ自由に上下へ動かせた。
さらに離す。
八メートルを越えた辺りで、動きが少し鈍くなった。
十メートル近くまで進むと、玉が小さく揺れる。
「ここから先は重い」
「戻してください」
玉はシアの近くへ戻り、再び肩の周囲を回った。
「知識にある範囲と一致します。実戦では、余裕を持ってさらに近くへ置いた方がよいでしょう」
「十メートルまで行ける」
「行けることと、そこで細かく扱えることは別です」
※第35話「最初の分霊核」は全五回です。
続きます。
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