(三)森全体が相手
◆ 極炎
セトの右手に、火の精霊剣が収まる。
極炎の刀身から赤い炎が立ち上がった。
セトの身体へ、シアの力が流れ込む。
踏み込んだ足が地面を砕いた。
次の瞬間には、枝の壁の前へ移動している。
極炎を振り上げる。
炎は壁を正面から焼き飛ばし、その奥の木々まで一直線に消した。
新しい芽が出る前に、セトは開いた道へ入る。
根が左右から迫る。
極炎を返し、片側を焼く。
反対側はネアの銀青色の線が絡み、進む方向をずらした。
「そのまま進んでください」
樹の精霊王まで、あと数歩だった。
◆ 一点を抜く
樹の精霊王の前へ、幾重もの枝が集まる。
セトは極炎を突き出した。
炎が一点へ集中する。
枝の層が中央から崩れた。
樹の精霊王の姿が見える。
「森を止めろ」
セトは極炎を横へ構えた。
すぐに斬る距離ではない。
それでも、次の踏み込みで届く。
「森は広がる」
樹の精霊王は答えた。
背後で地面が大きく揺れた。
「セト!」
ネアの声が飛ぶ。
森の外へ伸ばしていた線が、複数同時に引かれている。
「畑の側で、急に増えました!」
セトは樹の精霊王ではなく、後方を見た。
近づく間に、外側の成長がさらに速くなっていた。
◆ 押し戻す森
足元から根が持ち上がる。
セトは極炎で切った。
次の根が来る。
樹の精霊王は、セトへ攻撃を集中させてはいない。
森を広げる流れの一部で、近くにいるセトを押し戻しているだけだった。
「シア、外側へ戻る」
『もう少しで届く』
「ここで止めても、畑が消える」
『分かった』
セトは来た道へ向き直った。
極炎で木々を焼き、ネアのいる場所まで戻る。
「本体へ近づくと、外側を止められません」
「外を止めると、本体へ届かない」
セトが言う。
「一人で森全体へ作用しています。こちらは一か所ずつ処理するしかありません」
◆ 月で流れを止める
ネアは両手を広げた。
銀青色の線が森の中へ走る。
土の下を流れる原光へ触れ、方向を曲げる。
若木の成長が少しだけ遅くなった。
「周囲へ流れる力を、こちらへ偏らせます」
「全部止められる?」
「人型のままでは無理です」
ネアの周囲へ集まった原光が、黒い輪郭を作る。
外側へ向かっていた流れの一部は止まった。
しかし、別の場所から新しい流れが生まれる。
一本を曲げれば、二本に分かれる。
二本を止めれば、さらに遠くから回り込む。
「樹の精霊王は、森全体へ同時に力を送っています」
「ネアも剣になれば止められるか」
「今よりは」
◆ 二本目
ネアは樹の精霊王を見た。
「絶光で増殖を止め、極炎で本体まで進みます」
「二本を同時に使う」
「長くは続けられません」
セトはうなずいた。
「止めるまででいい」
「止まらなければ?」
「その時に考える」
「考える時間が残るようにしてください」
ネアの身体が銀青色の光へ変わる。
左手へ、月の精霊剣が収まった。
右手には極炎。
左手には絶光。
二人分の精霊王の力が、同時にセトの身体を通る。
筋肉ではなく、身体の奥にある精霊回路が重くなる。
『無理に両方を最大にしないでください』
「分かっている」
『たぶん分かってない』
シアの声が重なった。
◆ 二つの剣
セトは絶光を先に振った。
銀青色の刃が、正面の根へ触れる。
根の中を流れていた原光が吸い取られ、動きが止まった。
極炎が、その根を焼き切る。
次の壁には、絶光を横へ当てる。
成長が止まった部分だけを極炎で抜いた。
燃やしてから生えるまでの間が、わずかに長くなる。
セトはその時間を使って前へ進んだ。
右から枝が来る。
絶光で流れを曲げる。
左から伸びた根は、極炎で焼く。
一本ずつなら止められる。
二本でも間に合う。
だが、森は三方向、四方向から同時に動いた。
セトの足が止まる。
『外側も広がっています』
ネアの声が告げた。
◆ 森全体が相手
「森は、ここだけではない」
樹の精霊王が言った。
その言葉どおり、遠くで幹が割れる音が続いている。
セトの前にある木を止めても、背後で別の木が生える。
樹の精霊王の身体へ近づいても、街道と畑を覆う流れは止まらない。
『全部燃やす?』
シアが尋ねる。
『前からある森まで焼けます』
ネアが答えた。
『避難した人の家も、森のすぐ外です』
「やらない」
セトは即答した。
樹の精霊王を止めるために、周囲の生命と暮らしをまとめて焼けば、相手と同じだった。
「一点ずつでは追いつかない」
『ええ』
ネアの声が、次の手段を選ぶ前の響きへ変わった。
※第34話「樹海を広げる王」は全五回です。
続きます。
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