(一)森で覆う役割
◆ 閉じる道
森へ入ってすぐに、後ろの道が見えなくなった。
セトが切った細い枝の根元から、二本、三本と新しい芽が伸びている。
芽は瞬く間に太くなり、葉を開き、三人が通った隙間を塞いだ。
「帰り道がなくなった」
シアが振り返る。
「正確には、元の道がなくなりました」
ネアは銀青色の線を後方へ伸ばした。
線は木々の間を抜け、森の外まで続いている。
「方角は分かります。戻れなくなったわけではありません」
「また切ればいい」
「切っている間にも生えます」
セトは白刃を下げた。
切り口から伸びる枝は、すでに腕ほどの太さになっている。
普通の木が育っているのではない。
樹の精霊王が、森そのものを作り続けていた。
◆ 古い森と新しい森
「全部、今できた木ではありません」
ネアが前方を調べる。
太い幹に苔が付き、根元に小さな巣がある木もあった。
それらは、以前からこの場所にあった森だ。
一方で、街道を割って生えた木は、同じ太さでも樹皮が滑らかだった。
根は地面の表面近くへ広がり、道や畑の土を押し上げている。
「前からある木と、増やされた木は分かるか」
セトが尋ねる。
「原光の流れを見れば、ある程度は。新しい木には、今も樹の精霊王から力が流れ込んでいます」
「なら、新しい方だけ焼く」
シアが言った。
「できれば、です」
「できる」
シアの掌に小さな炎が灯る。
ネアが示した若木へ触れると、炎は幹だけを走り、隣の古い木へ移る前に消えた。
黒くなった幹が崩れる。
その下から、新しい芽が顔を出した。
「すぐ生える」
「だから、できればと言いました」
◆ 押し返す森
進むほど、木々の動きは明確になった。
根が地面から持ち上がり、三人の前へ壁を作る。
枝が絡み合い、頭上を塞ぐ。
先端は尖っていない。
セトたちの身体を貫こうとするのではなく、押し返そうとしていた。
「来るなと言っている」
シアが根を蹴った。
根はしなり、さらに太いものがその後ろから重なる。
「報告どおりです」
ネアが言う。
「人間を追って攻撃しているのではありません。自分の作業を妨げる者を、森の外へ出そうとしています」
「十分危険だ」
セトは白刃で根を切った。
切断された先が地面へ落ちる前に、その両側から細い根が伸びる。
一本を切るたび、塞ぐものが増えていく。
「止めるなら、近づくしかない」
「ええ。本体へ話が届く位置まで進みます」
◆ 樹皮の衣
森の奥に、不自然に開けた場所があった。
空き地ではない。
新しい木々が円を描くように外側へ倒れ、中央だけを残していた。
その中央に、人の姿をした存在が立っている。
身にまとっているものは、布というより樹皮に近かった。
周囲の根と枝は、その存在を避けるように伸び、外側へ向かっている。
「樹の精霊王です」
ネアが足を止めた。
樹の精霊王も三人を見る。
敵意は感じない。
ただ、セトたちの背後では、入ってきた道がさらに木々へ飲まれていた。
「言葉は通じるか」
セトが尋ねる。
「通じる」
樹の精霊王は答えた。
「なら聞く。何をしている」
「生命を増やしている」
迷いのない答えだった。
◆ 森で覆う役割
「大地には、生命が必要だ」
樹の精霊王は地面へ手を向けた。
指先の下から芽が出る。
芽は低い木となり、枝を広げた。
「木が増えれば、森になる。森が広がれば、生命が増える」
「ここには街道があった」
セトが言う。
「畑も家もある」
「木のない場所へ、木を増やした」
「人が使っている場所だ」
「人も生命だ。森の中で生きればいい」
樹の精霊王にとって、街道と森の違いは重要ではなかった。
木が少ない場所には、木を増やす。
大地を覆い、生命が生まれる場所を広げる。
それが自分の役割だと、最初から知っている。
「世界を森だけにするつもりか」
「森は多い方がいい」
◆ 畑にある生命
「畑にも植物はある」
シアが言った。
「人間が食べるために育てている」
「同じものだけが並んでいる」
樹の精霊王は答えた。
「森には、より多くの生命が生まれる」
「増えればいいわけではありません」
ネアが一歩前へ出る。
「畑で育てられた作物によって、多くの人間が生きています。街道は、食料や薬を運びます。そこを森に変えれば、今いる生命が失われます」
「森にも食べ物はある」
「同じ数の人間を養えるとは限りません」
「人間の数を保つことが、生命を増やすことなのか」
樹の精霊王の声に、怒りはなかった。
本当に分からないため、尋ねている。
「人間だけではない」
セトが言った。
「草原で生きるものもいる。畑に来るものもいる。森になれば生きられないものもいる」
※第34話「樹海を広げる王」は全五回です。
続きます。
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