(六)最初の記憶
◆ 間に立つ者
「私が、ほかの精霊王へ説明します」
フィオラが言った。
「すぐに四か所を回るつもりか」
セトが尋ねる。
「いいえ。今のわたしは、自分の力をどの程度扱えるかも分かっていません」
「それが分かっているなら安心した」
「シアさんとは違いますから」
「私も分かっている」
「分かっていて試します」
ネアが訂正する。
フィオラは少し考え、精霊殿の外へ目を向けた。
「ここを拠点にします」
「風の精霊殿を?」
「はい。人間の村へ行けば、ミレナさんと混同されます。それに、人間としての家へ戻るのは違います」
風の役割を捨てるつもりもない。
役割だけになり、人間の生活を無視するつもりもない。
「ここで今の世界を学びます。各地の報告も集めます。ほかの次代と会える時には、役割を捨てろではなく、今の世界で役割を果たす方法を一緒に考えます」
「人間と精霊王の間に立つのか」
「どちらかの側に立つのではなく、両方が残る場所を探します」
◆ 精霊殿を拠点に
「ここで一人で待つのか」
セトが尋ねる。
「最初は、そうします」
「危険がないとは限らない」
「分かっています。近くの村へも、自分が新しい風の精霊王だと伝えます」
「いきなり行って信じてもらえるか?」
シアが尋ねる。
「人へ説明することは、シアさんやネアさんより慣れています」
「生まれたばかりなのに?」
「ミレナさんの記憶がありますから」
「そこは使うんだ」
「持っているものを使わない理由はありません。ただし、それを自分の経験と間違えないようにします」
ネアは少し考え、うなずいた。
「各国からの報告を、ここにも送ってもらいましょう。フィオラが状況を整理し、次代の精霊王へ伝える内容を考える」
「俺たちは、実際に被害を止めながら状態を確かめる」
セトが続ける。
「役割分担ですね」
「そうだ」
「分かりました。ここを、戻ってこられる場所にします」
風の精霊殿は、役割のために残っていた場所だった。
その日から、フィオラ自身の拠点にもなった。
◆ それぞれの続き
ミレナは精霊殿の入口に立った。
外から入る風が、二人の髪を同じ方向へ揺らす。
色は違う。
揺れ方も違った。
ミレナの髪は風が止まれば下りる。
フィオラの毛先は、風が弱まった後もわずかに揺れていた。
「また来てもいいですか」
ミレナが尋ねる。
「もちろんです」
「私の記憶について、聞きたいこともありますよね」
「あります。でも、それだけではありません」
フィオラはミレナを見る。
「わたしが持っているのは、風の役割が離れるまでの記憶です。その後のミレナさんを、わたしは知りません」
「まだ一か月です」
「それでも、わたしにはない時間です」
「では、次に来た時に話します」
「はい。わたしも、フィオラとして過ごしたことを話します」
同じ記憶から始まっても、二人は別の続きを持つ。
ミレナは人間として村へ戻る。
フィオラは風の精霊王として、精霊殿に残る。
◆ 最初の記憶
翌朝、セトたちは精霊殿を出た。
最初に向かうのは、森が広がっている地域だ。
ミレナは村へ戻り、ハルヴェンとリグは各国へ方針を伝える。
フィオラは、精霊殿の入口で三人を見送った。
「無理に一人で動くな」
セトが言う。
「はい。まずは、この身体と風の流れを確かめます」
「何かあったら、シアかネアへ念話を送れ」
「今なら、わたしからも届くと思います」
「細かい話は難しいですけど、危険があることと、おおよその方角くらいなら伝えられます」
「それで十分だ」
フィオラが笑う。
セトたちが見えなくなった後も、風はしばらく同じ方角へ流れていた。
フィオラは、自分の名前をもう一度口にする。
「フィオラ」
その名前を呼んだ記憶は、ミレナから受け継いだ思い出のどこにもない。
精霊殿で出会った者たち。
ミレナと交わした言葉。
自分でここに残ると決めたこと。
それはすべて、生まれてからフィオラが得たものだった。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




