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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第32話 フィオラ

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(四)フィオラ

◆ 逆の恐れ


「以前の私は、反対のことで怖くなりました」


 ミレナが言った。


「人間の記憶と、風の精霊王の知識が混ざって、自分がミレナなのか分からなくなりました」

「覚えています」

「今は、あなたが私の記憶を持っている」


 ミレナは目の前の同じ顔を見る。


「でも、あなたは自分が私ではないと分かっている」

「ミレナさんが、ミレナさんとして残っているからです」


 女性は答えた。


「風の役割が離れた後も生きて、今日まで新しい時間を過ごしている。だから、わたしがその場所へ入る必要はありません」

「私は、風の役割がなくても私でした」

「はい。わたしも、ミレナさんの記憶だけではミレナさんになりません」


 ミレナはうなずいた。

 風を失った自分と、風として生まれた別の自分。

 同じ記憶を境に、二人は反対の側へ立っていた。


◆ 役割の名前


「では、今は何と呼べばいい」


 セトが尋ねる。


「役割名なら、アイオロスです」

「それでいいのか」

「よくありません」


 女性ははっきり答えた。


「アイオロスは、風の精霊王の役割名です。わたしが消滅し、次が生まれても、同じ名前で呼ばれます」

「ヴァルナは、役割名だけで個を保っている」


 シアが言う。


「村の人たちが、毎日同じ存在として見ているからです」


 ネアが答えた。


「名前がなければ個になれないわけではありません」

「でも、私は欲しいです」


 女性はミレナを見る。


「ミレナという名前は、この方のものです」


 次に、自分の手を見る。


「少なくとも名前だけは、ミレナさんと混ざらないものが欲しいです」

「自分で付けないのか」


 シアが尋ねた。


「自分で考えると、ミレナさんが選びそうな名前を選んでしまいそうなので」

「それもミレナの記憶に引っ張られた選択になる」

「はい」


◆ 名前を付ける者


 女性はセトを見た。


「セトさんに、お願いできますか」

「俺が?」

「ミレナさんの記憶の中で、セトさんは、風の精霊王ではなくミレナさんを見つけました」


 ミレナが逃げた時の記憶。

 風の力だけを追わず、人間として残した痕跡から本人を見つけた。


「役割と人を分けて見ることができる方だと思っています」

「その評価も、ミレナの記憶から来ているんじゃないのか」

「そうです」


 女性は否定しなかった。


「今のわたしは、受け継いだ記憶を使わずに誰かを選ぶほど、何も経験していません」

「なら、今は決めなくてもいい」

「いいえ。名前がないままでは、何を経験しても、誰の経験なのか言いにくいです」


 セトは女性とミレナを見比べた。

 似ている。

 しかし、同じではない。

 目の前の女性は、ミレナの記憶を持ちながら、ミレナの名前を使わないことを自分で選んでいる。


「フィオラ」


 セトが言った。


◆ フィオラ


「フィオラ」


 女性は自分の名前を確かめるように繰り返した。

 精霊殿を抜けていた風が、一度だけ中央へ集まる。

 衣装の端と淡い緑色の髪が、静かに持ち上がった。


「なんか響きは似てますね」

「どうしても似てしまう」


 セトが答える。


「嫌か」

「いいえ」


 女性は首を振った。


「全く関係のない名前にすると、記憶まで否定するような気がします。似ていますが、同じではありません」

「ミレナとフィオラ」


 シアが交互に二人を見る。


「これなら呼び分けられる」

「髪の色でも分かるだろう」

「暗いところだと間違えそう」

「シアは明るくても間違えそうです」


 ネアが言う。


「間違えない」

「先ほど、ミレナが二人いると言いました」

「あれは最初だけ」


 フィオラは二人のやり取りを見て、また少し笑った。

 それはミレナの記憶にもある光景だった。

 しかし、フィオラとして見たのは初めてだった。


◆ 名前で変わるもの


「名前を付けたことで、何か変わりましたか」


 ミレナが尋ねる。

 フィオラは自分の内側を確かめる。


「力は変わっていません」

「記憶も?」

「同じです。わたしがミレナさんではないという考えも、名前をもらう前からありました」

「名前だけで個人が作られたわけではありません」


 ネアが言う。


「ですが、自分と他者が、同じ存在を同じ名で呼べるようになります」

「境界の目印?」


 シアが尋ねる。


「近いです」


 フィオラはもう一度、自分の名を心の中で繰り返した。

 記憶を探す時には、ミレナという名前がある。

 今考え、今選んでいる者には、フィオラという名前がある。


「わたしには、とても大事なものになりそうです」



※第32話「フィオラ」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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