(五)新しい風
◆ 倒しても終わらない
「人が巻き込まれるなら、止める必要はある」
セトが言う。
「ですが、消滅させることを最初の答えにはできません」
ネアは四枚の報告書を重ねた。
「次代の精霊王は、悪意で世界を壊しているわけではありません。自分の役割を果たしているだけです」
「役割だけで動いて、人が死んでも同じだ」
シアが言う。
「結果は同じです。だから止めます」
「倒さずに?」
「必要なら戦います。ただし、消滅させても一か月後に次が生まれます」
同じ役割と、同じ創世期の知識を持つ次代が生まれれば、問題は繰り返される。
「何度も倒しても意味がない」
セトが言う。
「ええ。それどころか、役割が世界から長く欠ければ、別の異常が起きます」
◆ 今の世界へ
「では、どうする」
リグが尋ねた。
「今の世界を覚えてもらいます」
ネアが答える。
「人間の町があり、森にも広がってよい範囲があり、氷にも必要な場所と量がある。役割を捨てさせるのではなく、今の世界で果たす方法を知ってもらう必要があります」
「教えるのか」
「言葉だけで理解するなら」
「生まれたばかりの相手に、国の決まりを説明するのか」
リグが尋ねる。
「国の決まりから始めても理解されないでしょう」
「では、何を教える」
「自分の役割以外にも、そこに残るべきものがあることです」
森を増やすことだけが世界ではない。
氷を広げることだけが循環ではない。
人間だけを優先するのでもなく、精霊王の役割だけを優先するのでもない。
「しなかったら?」
シアが尋ねる。
「止めながら教えます」
「つまり戦う」
「あなたの場合、最初から戦う意味になります」
「話している間に森が広がる」
「ですから、広がるのを止めたうえで話します」
セトは地図を見る。
倒すためではない。
次代の精霊王を、現在の世界へ適応させるために動く。
それは眠りの王を倒すより、長くかかるかもしれなかった。
◆ 最初に確かめること
「四か所へ同時には行けない」
セトが言う。
「各国には、避難を優先するよう伝えます」
ハルヴェンが答えた。
「俺とリグはヴァレストへ戻ります。各地の騎士へ、討伐ではなく避難と足止めを優先するよう伝えます」
「ヴァルナはどうする」
シアが祠の方を見る。
「村の人たちへ任せられるところまで安定しています」
リグが言う。
「毎日、誰かが来る。今のこいつには、それが一番効いている」
「セトたちは?」
「まず、生まれた精霊王の状態を近くで確かめる」
「広がっている森か」
「報告された場所では、そこが最も近いでしょう」
ネアが地図へ印を付ける。
「ただし、各国へ同じ方針を伝えてください。無理に討伐せず、住民を逃がし、広がる範囲と速度を記録する。会話ができるなら、何をしようとしているかを聞く」
「倒せる者がいても待たせますか」
兵が尋ねる。
「被害を止めるための攻撃は必要です。ですが、消滅させることを目的にはしないでください」
ネアは、広がる森の報告へ目を向ける。
「その前に、もう一つ確認することがあります」
「何だ」
「風の役割です」
◆ 風の帰る場所
ミレナの中から離れた風の役割も、世界へ返っている。
ほかの精霊王と同じなら、そろそろ次代が生まれる。
「私の次が生まれるんですね」
ミレナが言った。
「役割としては、そうです」
「私ではない」
「ええ」
ネアはすぐに答えた。
「記憶が残る可能性はありますか」
「風の役割は、長い間、人間の血統と重なっていました。ほかの精霊王と同じ再生になるかは分かりません」
ミレナは窓の外を見る。
風が木々を揺らしている。
以前なら、その流れの先まで分かった。
今は、頬へ触れた空気を感じるだけだった。
「生まれたら、会いたいです」
「怖くないのか」
シアが尋ねる。
「少し怖いです。でも、知らないままにはしたくありません」
◆ 新しい風
その時、開けていた窓から強い風が入った。
机の上の報告書が一斉に浮く。
セトが手で押さえるより先に、紙は空中で向きを変え、元の順番のまま机へ戻った。
ただの突風ではない。
シアとネアが同時に外を見る。
「近い」
シアが言う。
「ええ」
ネアは銀青色の線を風の中へ伸ばした。
線は弾かれず、遠くへ運ばれていく。
風は村を壊さない。
屋根をはがさず、木を折らず、人の間だけを抜けていった。
荒々しく世界を作り替える他の気配とは違う。
それでも、ミレナが扱っていた風より大きく、精霊王として独立した流れだった。
「生まれました」
ネアが言う。
「新しいアイオロスです」
ミレナは、自分の中には何も戻っていないことを確かめた。
それから、自分ではない風が来た方角を見た。
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