(四)創世期の知識
◆ 届いた報告
数日後、村へ二頭の馬が入ってきた。
王都から各地の報告を運んできた兵だった。
眠りの王との戦い以降、五国は原光の異常を優先して共有している。
机へ広げられた紙には、別々の地域で起きた現象が記されていた。
温暖だった土地では、雪に覆われる範囲が急速に広がっている。
別の地域では、森が一晩で街道を覆い、切り開いた場所も数時間で元へ戻った。
平地が持ち上がり、新しい丘と裂け目ができた場所もある。
岩肌から結晶が成長し、畑と家の壁まで覆い始めた地域もあった。
「全部、ほぼ同じ頃からか」
セトが尋ねる。
「確認された時刻には差がありますが、ほぼ同じ頃です」
兵が答えた。
「魔物の被害ではありません。術を使う者の姿を見たという報告もあります」
◆ 世界を作る者
「術を使う人間ではありません」
ネアは報告書を一枚ずつ見た。
報告には、人型の存在を見たという記述もあった。
雪の中心には、白い人影が立っていた。
森を切り開こうとした兵の前には、樹皮のような衣をまとった者が現れた。
地面が動いた地域では、何もない空間へ向かって話す声だけを聞いた者もいる。
どの存在も、人間を追って攻撃したわけではない。
ただ、自分の作業を妨げる者を押し退け、また世界へ力を加え始めた。
「氷、樹、土、晶。おそらく、次代の精霊王です」
「生まれてすぐに、こんなことをするのか」
ハルヴェンが尋ねる。
「本人たちにとっては、するべきことなのでしょう」
「街道を森で潰すことが?」
「樹の役割から見れば、生命を増やし、大地を森で覆うことは間違いではありません」
「畑も家も埋めている」
「今の世界を基準にすれば、間違いです」
ネアは雪の報告を指す。
「氷も同じです。寒い土地を作り、熱の偏りを分ける。世界が形を持ち始めた頃には、必要だった可能性があります」
シアが報告書をのぞき込む。
「今は、もうできている」
「ええ。ですが、次代はその違いを知りません」
◆ 創世期の知識
「知識は受け継ぐんじゃないのか」
セトが尋ねた。
「受け継ぎます」
「なら、人間がいることも知っているはずだ」
「知っていることと、加減できることは別です」
ネアは少し考えてから続ける。
「精霊王が代を重ねる中で得た、人間との関わりや、現在の地形への慣れは、記憶に近いものです」
「眠りの王の中で消えた」
「おそらく。創界で戻せたのは役割です。そこから生まれた次代には、整った知識はあっても、前代が積み重ねた経験はありません」
残るのは、属性をどう扱うか。
世界の中で何を担うか。
より古く、役割へ近い知識ほど強く残る。
「創世期の精霊王に近い」
ネアが言った。
「創世期?」
ハルヴェンが聞き返す。
「山や海、寒冷地や森が、今のように分かれていなかった時代です。精霊王が役割を大きく動かすこと自体が、世界を整える働きだったのでしょう」
「それを今やっている」
「ええ。完成した家の中で、建てる時と同じ作業を始めているようなものです」
「壁も床も作り直す?」
ミレナが尋ねる。
「住んでいる人間ごと」
「世界がまだ整っていない頃の正しさを、今の世界へそのまま使っています」
◆ 加減のない力
「生まれたばかりなら、力も弱いんじゃないのか」
ハルヴェンが尋ねた。
「普通なら、その傾向はあります」
「今回は違う?」
「報告を見る限りは」
森は一晩で街道を覆った。
雪は複数の村へ届く速さで広がっている。
地形そのものが変わり、結晶は人間の術では止められない。
「役割へ近い分、世界とのつながりも強いのかもしれません」
ネアは断定しなかった。
「力が以前の王より大きいのか、単に抑えていないから大きく見えるのかは、まだ分かりません」
「会って確かめればいい」
シアが言う。
「シアも、生まれた時は似た状態だったのか」
セトが尋ねる。
「違う。私は最初から加減できた」
「セトから聞いた話では、大型魔獣を地面へ叩きつけたそうですね」
ネアが言う。
「あれは必要だった」
「大会でも、前へ出ればすぐ終わると言っていたそうですが」
「早く終わるなら、その方がいい」
「今も変わっていませんね」
シアは不満そうにネアを見る。
それでも、シアには人間の町を火で作り替えようとする考えはなかった。
歴代イフリートが人間と関わった知識や、誕生してからの一年で得た経験が、役割の使い方へ境界を作っていた。
「そして止める」
「止まらなければ?」
リグが尋ねた。
「倒す」
「すぐにそう考えないでください」
ネアが止める。
※第31話「生まれ直した王たち」は全五回です。
続きます。
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