(二)名前を呼ぶこと
◆ 早すぎた再生
四人は、ミレナが借りていた家へ戻った。
この一か月、ネアは自分とシアの流れを毎日調べていた。
眠っている時、力を使った時、精霊剣となった時、人型へ戻った時。
どの状態でも、記憶が急に欠けたり、以前とは異なる人格が表へ出たりすることはなかった。
シアは三日目で調査に飽きたが、ネアは一か月続けた。
「毎日同じ結果だった」
「同じ結果が続いたことも情報です」
ネアは机の上へ三つの小石を置く。
「通常、精霊王が死亡すると、役割と原光は一度世界へ散ります」
小石を離して置く。
「それが再び集まり、次代の身体を作るまで、およそ一か月かかります」
「シアさんとネアさんは、すぐに戻りました」
ミレナが言う。
「ええ。わたしたちは創界の中で消滅しました」
ネアは二つの小石だけを近づける。
「創界は折れた後も、わたしたち三人を別々のまま保持していました。役割も原光も、世界へ広く散らなかったのでしょう」
「集め直す必要がなかった」
セトが言う。
「おそらく。ですから、次代再生がその場で始まりました」
「ミレナは再生しなかった」
「ミレナには、人間の身体が残っていました。風の役割だけが離れたからです」
◆ 知識と記憶
ネアは、残る一つの小石を少し離した。
「精霊王が受け継ぐ知識は、整っています」
火をどう扱うか。
月の力で原光をどう動かすか。
役割を果たすために必要な方法は、誰が、いつ、どこで知ったかを失っても残る。
「記憶は違います。状況や感情、他者との関係が混ざっています」
セトと初めて会った時のこと。
精霊剣となることを選んだ時のこと。
嫌だった言葉や、失いたくないと思った相手。
「通常の次代は、知識を持っていても、それを経験した本人ではありません」
「私たちは両方ある」
シアが言う。
「ええ」
◆ 創界に残ったもの
ネアは、残る一つの小石を少し離した。
「通常の次代再生で受け継がれるのは、役割と知識です。個人の記憶と人格は受け継がれません」
「でも、二人は覚えています」
「創界は、三人を混ぜずに一つの剣へ通すための器でした」
ネアは二つの小石の間へ指を置く。
「眠りの王を分けている間も、折れた後も、シアはシア、わたしはわたし、ミレナはミレナとして保たれていました」
「創界が、記憶まで持っていた?」
「記録していたのではなく、消える直前まで、わたしたちの形を崩さなかったのだと思います」
知識だけではない。
誰を知っているか。
何を選んだか。
何を怖いと思い、何を守ろうとしたか。
そうした整っていないものまで、二人の内側に残っていた。
◆ 名前を呼ぶこと
「では、セトさんが名前を呼んだから戻れたんですか」
ミレナが尋ねる。
「名前だけで人格が作られたわけではありません」
ネアは答えた。
「残っていないものを、呼び声だけで戻すことはできなかったでしょう」
「残っていたから、届いた」
「ええ。セトとのつながりが切れず、そこへ名前が通りました」
火の精霊王ではなく、シア。
月の精霊王ではなく、ネア。
役割ではなく、どちらの個人へ向けた呼び声なのかが分かれた。
「創界が境界を保ち、つながりが道を残し、名前が戻る先を示した。今考えられるのは、その三つです」
「全部あったから戻った」
シアが言う。
「おそらく」
「どれか一つだけでは足りなかった可能性があります。創界が境界を保っても、つながりが切れていれば世界へ散ったかもしれません。つながりがあっても、二人の境界が崩れていれば、どちらへ呼びかけているのか分からなかったでしょう」
「名前がなくても戻れた?」
ミレナが尋ねる。
「分かりません。ただ、役割名だけでは、今代のわたしたちを指せません」
「では、私たちは前と同じだ」
「そこまでは証明できません」
「また面倒な言い方をする」
◆ 証明できないこと
「身体は、次代のものです」
ネアは自分の胸へ手を置いた。
「一度消滅したことも事実です。前のわたしが続いているのか、同じ記憶と人格を持つ次代が、自分をネアだと思っているのか。外から確かめる方法はありません」
「ネア自身にも?」
セトが尋ねる。
「ありません」
「なら、どうする」
「わたしは、あなたたちを覚えています。自分が選んだことも、嫌だったことも覚えています」
ネアはシアを見る。
「シアへ何度も注意したことも覚えています」
「そこは忘れてもよかった」
「今の反応も以前と同じです」
ネアの口元が、わずかに緩む。
「証明はできなくても、わたしはネアとして続くつもりです」
「前のネアさんと同じ選び方をするから?」
ミレナが尋ねる。
「同じ選び方をするとは限りません。前のわたしも、昨日と今日で考えを変えることはありました」
変わることと、別人になることは同じではない。
記憶を持ち、関係を持ち、自分を同じ名前で認識しながら、その先で新しい選択を重ねる。
ネアは、それを続いていると考えることにした。
「なら、それでいい」
セトが言った。
シアもうなずいた。
※第31話「生まれ直した王たち」は全五回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




