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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第30話 放つ・分ける・束ねる

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(六)眠りの終わり

◆ 眠りの終わり


 眠りの王は、初めて一つの形を取った。

 人にも、精霊王にも見えない。

 原光を持たず、それでも存在していた空白だけの輪郭。

 そこに敵意はない。

 苦しむ声もない。

 ただ、世界へ戻るものを失い、一時的な王位だけが残っている。


『今です』


 ネアが言う。

 セトは境界の先を、空白の中心へ合わせた。

 三人の力を混ぜない。三人を一つの道へ通す。


「シア」

『いる』

「ネア」

『います』

「ミレナ」

『ここにいます』


 全員を確かめる。

 そのうえで、空白だけを選ぶ。

 セトは最後の一歩を踏み込んだ。

 存在しない刃が、眠りの王を通り抜けた。

 空白の輪郭が、音もなく消えた。


◆ 返る役割


 眠りの王が消えた場所から、原光があふれた。

 混ざっていた時には色すら分からなかった力が、それぞれ別の流れとなって世界へ返る。

 土は大地へ沈む。

 光は薄く空へ広がる。

 氷は北へ、樹は森へ、重さと結晶は大地の奥へ散っていく。

 元の精霊王たちの姿は戻らない。

 声も、名前もない。

 それでも役割は失われず、次代へつながるため世界へ残った。

 淡い銀緑色の流れも、創界から離れ始める。


『風が、私から離れます』


 ミレナの声が聞こえた。


「戻れ、ミレナ」

『はい』


 銀緑色の流れが柄から抜け、人の形へ変わる。

 続いて赤橙色と銀青色が戻ろうとした。

 その時、折れた創界の残りが砕けた。


◆ 吹き飛ぶ


 白い光が谷を満たした。

 衝撃が地面を走る。

 セトの身体が宙へ投げ出された。

 ミレナの身体も、少し離れた場所へ吹き飛ばされる。

 何かをつかもうとしたが、セトの手には何も残っていない。

 創界の柄も、三人の光も見えなかった。

 地面へ落ちた衝撃で、息が止まる。

 耳鳴りだけが残った。

 薄れていく意識の中で、セトは三人の名前を呼ぼうとした。

 声は出なかった。

 世界から色が戻っていく。

 谷の外から風が入る。

 消えていた音が、少しずつ戻る。

 それを確かめる前に、セトの意識は途切れた。


◆ 倒れている人


 目を開けた時、空が見えた。

 平面ではない。

 いつもの奥行きを持つ空だった。

 セトは身体を起こそうとして、全身の痛みに息を詰まらせた。


「シア」


 返事はない。


「ネア」


 何も聞こえない。


「ミレナ」


 少し離れた場所に、人が倒れていた。

 栗色の髪。

 風の側へ出ていた銀緑色は、どこにもない。

 セトは這うように近づいた。


「ミレナ」


 肩へ手をかけ、ゆっくり起こす。

 呼吸はある。脈も触れた。


「ミレナ、起きろ」


 緑褐色の瞳が、わずかに開く。


「セト……さん」

「生きてるな」

「はい」


 ミレナは苦しそうに息を吸ったが、自分で身体を支えた。


◆ 風がない


 ミレナは地面へ手をつき、上体を起こした。

 風が髪を揺らす。

 ミレナは、その風へ顔を向けた。


「聞こえません」

「何が」

「風が、どこへ流れているのか」


 ミレナは右手を上げた。

 何も起きない。

 空気は動かず、原光も集まらない。


「やり方が、分かりません」


 声に驚きが混じる。


「今までは、考えれば知識がありました。どこへ流せばいいか、どう束ねればいいか。今は、何もありません」

「風の役割がなくなった」

「知識もです」


 ミレナは自分の胸へ手を置いた。


「人間の記憶だけが残っています」


 望んでいた結果だった。

 それでも、長く自分の中にあったものが消えた空白へ、すぐ喜ぶことはできなかった。

 ミレナは周囲を見る。


「シアさんと、ネアさんは?」


◆ 人間のミレナ


「怖くはないか」


 セトが尋ねた。

 ミレナは少し考える。


「静かです」

「静か?」

「今までは、意識を向けなくても風の流れがありました。知らない場所の知識も、いつでも奥にありました」


 ミレナは自分の頭へ触れた。


「それがなくなって、私の考えていることだけになりました」

「ミレナだけになった」

「はい」


 望んでいた言葉だった。

 ミレナは一度目を閉じ、それから小さくうなずく。


「寂しくないと言えば、嘘になります。でも、これは私が望んだことです」


 目を開けたミレナは、もう一度周囲を見た。


「だから、シアさんとネアさんにも戻ってきてほしいです。二人が望んだ形で」



※第30話「放つ・分ける・束ねる手」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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