(五)折れる音
◆ 逃げ先
「ここから離れる時間くらいはある」
『その後は?』
ネアが尋ねる。
『別の場所で、もう一度創界へ入るのですか』
「剣を直してからだ」
『直せる者はいません』
「なら、別の方法を探す」
『眠りの王が待ってくれるか?』
シアの声が届く。
「それでも、お前たちが消えるよりは」
『私たちが戻れば、眠りの王は私たちも取り込みます』
ネアは静かに言った。
『精霊剣としてつながっている間は耐えられても、人型へ戻り、この空白の中へ立てば長くは持ちません』
『私は人間へ戻れます』
ミレナが続ける。
『でも、世界から逃げることはできません』
ひびが少し伸びた。
『私は続ける』
シアが言う。
『わたしもです』
ネアが続く。
『私も、ここで束ねます』
ミレナが言った。
「勝手に決めるな」
『セトも、もう決めています』
ネアが言う。
◆ 深い境界
眠りの王がさらに近づく。
セトは創界を構え直した。
「戻れと言ったのに、戻らないのか」
『はい』
ネアが答える。
『では、使い手はどうしますか』
セトは息を吐いた。
「最後までやる」
『ああ』
シアの声が笑った。
三人の流れが再びそろう。
ミレナが束ねる。
ネアが、先ほどより深く眠りの王を見る。
『外側から順に分けていては、創界が先に壊れます』
「どうする」
『すべての役割と眠りの王を、一度に分けます』
「できるのか」
『見えています。だから、分けます』
銀青色の線が、眠りの王全体へ広がった。
取り込まれたすべての役割が、別々の輪郭を持つ。
空白だけが、その中央へ残った。
『シア』
『分かってる。全部通す』
◆ 折れる音
赤橙色の光が、創界の内部を満たした。
三本の流れは混ざらない。
だが、三つを囲う刀身外枠が耐えられない。
ひびが鍔まで達した。
「止めろ!」
『止めません』
『ミレナ、ずらすな!』
『はい!』
セトは創界を振り下ろした。
境界が眠りの王の中心へ届く。
世界と役割と空白が、別々のものとして揺れた。
その瞬間、創界が折れた。
刀身の中央から、左右の外刃が砕ける。
白銀色の破片が谷へ散った。
セトの手には、柄と短く残った根元しかない。
「シア!」
返事がない。
「ネア! ミレナ!」
折れた破片が地面へ落ちる。
眠りの王は、まだ目の前にいる。
◆ 剣の中
『聞こえてる』
シアの声が戻った。
「どこにいる」
『創界の中です』
ネアも答える。
「創界は折れた」
『形が折れただけです』
セトの手に残る柄から、三本の光が伸びていた。
赤橙色。銀青色。淡い銀緑色。
刀身はない。
それでも、三本は同じ先へ向かっている。
『まだ束ねられます』
ミレナが言う。
「剣がない」
『ある』
シアの声が強くなる。
『折れただけだ。まだ死んでない』
『創界の権限は残っています』
ネアが続ける。
『境界も消えていません。最後まで通せます』
「お前たちは戻れるのか」
短い沈黙があった。
『終わらせてから確かめます』
「ネア」
『今は、眠りの王です』
◆ 柄に残った境界
刀身の破片は、ただの物質には戻っていなかった。
地面へ落ちた破片の間に、薄い線が残っている。
一本の剣だった時と同じ輪郭を、光のない境界だけが保っていた。
『創界は、剣の材料が本体ではありません』
ネアの声が、先ほどより遠く聞こえる。
『三人を分けたまま入れ、世界を見て、境界を作る働き。それがまだ残っています』
「どれくらい持つ」
『分かりません』
『一回分は持たせる』
シアが言う。
『持たせるって、どうやって』
ミレナが尋ねる。
『壊れる前に全部出す』
『具体性はありませんが、今はそれしかありません』
三人の声は別々だった。
創界は、その違いをまだ保っている。
◆ 最後まで
眠りの王の中で、分けられた役割が再び混ざり始める。
時間はない。
セトは柄だけになった創界を両手で握った。
刀身の代わりに、三本の光が境界の形を作る。
『束ねます』
ミレナが三人の向きをそろえる。
『分けます』
ネアが眠りの王と、取り込まれたすべての役割を切り離す。
『放つ!』
シアが、その結果を現実へ押し出す。
セトは、存在しない刃を振り抜いた。
「眠りの王だけを終わらせる!」
谷を覆う空白へ、一本の境界が走った。
土が離れる。
氷が離れる。
光、樹、重さ、結晶、いくつもの役割が、別々の原光として空へ昇る。
最後に、何も持たない空白だけが残った。
※第30話「放つ・分ける・束ねる手」は全七回です。
続きます。
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