(三)初めての起動
◆ 初めての起動
三つの円弧が動いた。
互いの隙間を残したまま、一つの円を作る。
刀身中央の空洞へ、三本の光が現れた。
赤橙色。銀青色。淡い銀緑色。
三本は混ざらない。
極細の無色の境界を挟み、同じ切っ先へ向かう。
『セト』
シアとネアの声が、それぞれ届いた。
『セトさん』
少し遅れて、ミレナの声も届く。
「ああ。全員いる」
創界の重さが消えた。
地面も、空も、風も消える。
落ちたわけではない。
セト自身が立っているという感覚だけが残った。
そして、世界が見えた。
山も、川も、町も、一枚の平面へ押し込まれたように広がっている。
自分たちがいた岩山も、その中にある。
世界は、下にあった。
◆ 上にあるもの
セトは上を見た。
空ではない。
下にある世界とは別に、上にも何かが広がっている。
世界のように見えた。
だが、山も川も見えない。
形を捉えようとすると、見えていたはずのものが遠ざかる。
『上にも、あります』
ネアの声が届く。
『何だ、あれ』
シアにも分からない。
『同じものには感じません』
ミレナが言った。
『でも、世界のような……』
その言葉が終わる前に、すべてが戻った。
セトは谷の手前へ立っている。
風が吹き、足元には土がある。
創界も、三本の光を宿した剣へ戻っていた。
「今のは何だった」
『分かりません』
「創界が見た世界か」
『下にあったのは、たぶんそうです』
『上のは?』
『分かりません』
四人とも見た。
それ以上は、誰にも分からなかった。
◆ 眠りの王へ
四人は谷の内側へ進んだ。
大地を流れる原光が、戻らずに消えていく場所。
その中心に、眠りの王がいることは以前の調査で分かっていた。
境界を越えると、風は急に弱くなった。
火は燃えにくくなり、水の流れは鈍くなる。
色まで薄くなったように見える。
谷の奥に、巨大な空白があった。
黒いのではない。
光が届かないのでもない。
そこだけ、色を持つための原光が存在しない。
空白は地面へ広がりながら、ゆっくりと人のような形を作っていた。
頭も、腕も、顔も定まらない。
内部では、いくつもの異なる力が境界を失って動いている。
氷が生まれた直後に光へ砕かれ、樹木が伸びた場所を結晶が覆う。
地面が持ち上がり、次の瞬間には重さを失って崩れた。
『全部、混ざっている』
シアの声が低くなる。
『ええ。眠りの王の一部として』
◆ 最初に見る
眠りの王が、四人へ気づいた様子はない。
敵意もない。
ただ、周囲にある原光を取り込み続けている。
創界の空洞越しに見ると、空白の内部へ無数の流れが見えた。
『創界が見ています』
ネアが言う。
地上から見れば、一つの巨大な空白でしかない。
創界を通すと、その中へ重なったものが見える。
土。氷。樹。重さ。結晶。光。
ほかにも、名を判別できない役割がある。
どれも一つの身体へ溶け、どこからどこまでが何なのか分からない。
「見えるだけでは分けられない」
『だから束ねます』
◆ 束ねる
ミレナの風が、創界の内側を巡った。
三本の流れの位置がそろう。
混ざらないまま、同じ方向へ向く。
シアが見ているもの。ネアが見ているもの。ミレナが見ているもの。
三人の視点が重なり、同じ眠りの王を、同じ位置から捉える。
セトにも、三人が同じものを見ていると分かった。
ミレナは少し疑問に思う。
三人の視点、創界を通した視点。ほとんど共通なはず。
しかし、異なる視点、少なくとも2種類の視点の存在を感じる。
おそらく創界で分けるために必要な視点。
ならば束ねる必要がある。
『束ねました』
◆ 分ける
『次は、わたしです』
銀青色の流れが、刀身の中央へ広がった。
眠りの王の中へ、細い線が走る。
斬ったのではない。
重なっていたものの間へ、境界を見つけている。
『これは世界です』
一つ目の線が、大地と眠りの王を分ける。
『こちらが、取り込まれた役割』
二つ目の線が、眠りの王の内部へ枝分かれした。
土と氷。樹と結晶。重さと光。
まだ名の分からない、いくつもの役割。
それぞれが別の流れとして輪郭を取り戻す。
『残った空白が、眠りの王です』
最後の線が引かれる。
一つにしか見えなかった巨大な存在が、無数の層へ分かれて見えた。
まだ現実には分かれていない。
創界の内側で、別のものとして定められただけだった。
「これを、外へ出す」
『ああ』
シアの炎が強くなる。
※第30話「放つ・分ける・束ねる手」は全七回です。
続きます。
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