(一)戻れるか
◆ 戻れるか
創界を持ち出してから二日後、四人は眠りの王が広がる谷の手前まで来ていた。
ここから先は、大地を流れる原光が急速に薄くなる。
眠りの王へ近づく前に、確かめなければならないことがある。
セトは布を外し、創界を地面へ置いた台の上に載せた。
三つの円弧は白銀色のまま、互いに隙間を残している。
「入った後、戻れるかを確かめます」
ネアが言った。
「三人で入らないと動かないんじゃないのか」
「創界としての機能は起動しません。ただ、中へ入ること自体は一人でもできるはずです」
「はず?」
「残滓から分かるのは、三人が入る場所があることまでです。入口が出口にもなるかは、実際に確かめるしかありません」
シアが創界をのぞき込む。
「私が行く」
「わたしが行きます」
「どうしてだ」
「戻れない場合を考えれば、境界を扱えるわたしが適任です」
「戻れないなら、誰でも同じだ」
「戻る方法を内側から探せる可能性があります」
シアは納得していない顔をしたが、退いた。
◆ 一人で入る
セトが創界の柄を握る。
ネアは、鍔の三つの円弧へ順に触れた。
「どれが誰の場所かは、まだ決まっていません」
「入った者で決まる?」
「おそらく」
ネアはセトを見る。
「つながりを切らないでください。わたしの気配が薄くなったら、名前を呼んでください」
「ああ」
「名前だけで戻れるのか」
シアが尋ねる。
「分かりません。ただ、わたしを役割ではなく、わたしとして指せます」
ネアの身体が銀青色の光へほどけた。
精霊剣になる時と似ている。
だが、セトの手へ剣として収まるのではない。
細い光は、創界の柄頭にある中空の輪へ吸い込まれた。
三つの円弧のうち一つへ、銀青色の光が走る。
刀身中央の空洞にも一本だけ細い流れが生まれ、切っ先まで伸びた。
残る二つの円弧は、白銀色のままだった。
「ネア」
返事はない。
それでも、つながりは消えていない。
遠くにいるのではなく、握っている剣の内側にいると分かった。
◆ 創界の内側
数呼吸の後、銀青色の流れが逆向きに戻った。
創界の柄頭から光があふれ、人の形を取る。
ネアは地面へ片膝をついた。
「ネア」
「大丈夫です」
セトが伸ばしかけた手を止める。
ネアは自分の両手を見てから立ち上がった。
「戻れました」
「何があった」
「内側に、三つの場所があります。部屋のように分かれているわけではありません。三つの流れが、混ざらないまま同じ切っ先へ向かう構造です」
「ほかの二つは見えたのか」
「空の流れとして見えました。誰かが入るまで、属性も役目もありません」
「一人でも入れる」
「ええ。ただし、一人ではどこにも届きません。流れが途中で止まります」
ネアは創界へ手を添えた。
「戻る時は、セトとのつながりを逆にたどりました。創界は、入った者を閉じ込める器ではありません」
ネアは自分が入っていた円弧へ触れた。
「内側からは、セトとのつながりが一本の道として見えました。わたしがセレーネだからつながっているのではありません。ネアとして身を預けた相手へ続く道です」
「なら安心だな」
「完全には」
シアの言葉をネアが止める。
「三人が入り、創界が実際に力を使い始めた後も同じように戻れるかは分かりません。ただ、途中で使用を止めるなら、帰る道は残ると思います」
「思う、か」
「確実と言えるほどの知識は残っていません」
◆ 途中で止める道
「内側には、切っ先へ進む道と、柄へ戻る道があります」
ネアは創界の空洞を指でなぞった。
「今は同じ一本の流れでした。進まずに向きを変えれば戻れます」
「三人で力を使ったら?」
「切っ先へ進む流れが強くなります。それでも、セトが使用を止め、三人が同時に戻るなら道は残るはずです」
「一人だけ戻るのは」
ミレナが尋ねた。
「束ねた後では危険です。一人が抜ければ、残る二人の向きまで崩れます」
「戻るなら三人一緒」
「はい。セトが創界を引き、三人が同時に接続を逆へたどります」
「最後まで使った後は?」
ネアは答えるまで少し間を置いた。
「創界が何を代償にするか分かりません。戻る道が残る保証はありません」
※第30話「放つ・分ける・束ねる手」は全七回です。
続きます。
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