(六)重なった残滓
◆ 空の器
通路の先には、円形の石室があった。
壁にも床にも文字はない。
神を示す像も、祈りのための祭壇もなかった。
中央に低い石台があり、その上へ一本の剣が横たえられている。
全長は、人間が両手でも扱える程度。
細身の両刃直剣だった。
だが、刀身の中央には何もない。
左右の細い刃と外周の骨格だけが、剣の輪郭を作っている。
空洞越しに、石室の壁が見えた。
ただの穴のはずなのに、空洞の内側だけは距離を測りにくい。
近くにある壁を見ているのか、遠くまで続く空間を見ているのか、目を凝らしても定まらなかった。
「中がない」
シアが言う。
「空の器です」
ネアが答えた。
鍔は、三つの白銀色の円弧に分かれている。
円弧は互いに位置がずれ、一つの円になっていなかった。
柄は黒に近い濃灰色。
柄頭にも中空の輪があり、三か所へ切れ目が入っている。
宝石も、紋章も、文字もない。
神殺しの剣と呼ばれていたとは思えないほど、静かな剣だった。
錆も、刃こぼれもない。
古さだけが、石室全体へ沈んでいる。
「創界」
シアが小さく言った。
グラウスから聞いたばかりの名前。
それでも、初めて口にした言葉には思えなかった。
「先代が、ここに来た」
「ええ」
ネアは創界の周囲へ銀青色の線を巡らせる。
「そして、ここで残滓を受け取った」
「今も残っている?」
「分かりません。触れるまで何も起きない可能性があります」
「なら、触る」
「先代と同じことが起こるとは限りません」
「わたしの中に、先代が受け取った断片がある」
「だからこそ、慎重にします」
ネアはシアの手首へ銀青色の細い輪を作った。
「一度に流れ込むものが多すぎれば、すぐに離してください」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「シア」
「分かった」
◆ 重なった残滓
シアは、創界の左側の外刃へ指先を置いた。
石室の空気が一度だけ揺れる。
新しい知識が、一度に流れ込んだのではない。
シアの中に残っていた断片と、創界の中へ残る何かが触れ合った。
欠けた二つの形が、少しだけ重なる。
暗い封印地。
剣状精霊術の使い手。
先代イフリート。
神剣・創界という名。
ばらばらだった断片の間へ、意味が戻ってくる。
「シア」
「大丈夫」
「何が分かりますか」
「創造神はいない」
シアは外刃へ触れたまま答えた。
「もう、どこにもいない。残っているのは剣と、剣にしたことだけだ」
「人格や意思は残っていない?」
「ああ」
創造神の顔も、声も、記憶もない。
ただ、何をするために剣となったか。その輪郭だけが残っている。
「世界を作る剣じゃない」
「では、なぜ創界という名なのですか」
「境界を作る」
シアの指先から、赤橙色の光がわずかに流れた。
「一つになって、分けられなくなったものに、新しい境界を作る」
「眠りの王に取り込まれた精霊王を、分けられる」
セトが言う。
「たぶん」
「たぶん?」
「眠りの王に使った知識はない。これが何をする剣かしか残っていない」
シアは創界の空洞を見る。
「先に見る」
「何を?」
「世界を」
ネアが眉を寄せる。
「世界を見ることで、境界を作るのですか」
「分からない」
シアは首を横へ振った。
「でも、見えたものなら分けられる。そんな感じがする」
それ以上を言葉にしようとすると、意味が崩れた。
平面でも、空間でもない。
近いとも、遠いとも言えない。
人間の言葉へ置き換える前に、残滓がほどけていく。
「そこまでにしてください」
ネアが言う。
「まだある」
「今度は何ですか」
「三人」
創界の鍔にある三つの円弧が、ごく小さく動いた。
「やはり、三人の精霊王級存在が必要なのですね」
「三人の力を混ぜるんじゃない」
シアが言う。
「三人のまま入る」
「個別性を保ったまま、同じ剣の中へ入る」
ネアが創界を見る。
「それなら、眠りの王と同じ融合にはなりません」
「三つある」
シアは鍔の円弧を順に見た。
「力ではない。三人がすることだ」
一つ目の円弧。
「放つ」
二つ目。
「分ける」
三つ目。
「束ねる」
※第29話「創界の守り手」は全八回です。
続きます。
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