(三)収監塔
◆ 村を離れる前に
出発は翌朝に決まった。
セトの右脚から添え木は外れている。
歩くことはできるが、長く体重をかければ痛みが戻った。
「馬車を使います」
ネアが言う。
「歩ける」
「歩けるかどうかを聞いていません」
「馬車の方が早い」
「最初から、そう言ってください」
シアがセトの右脚を見る。
「今回は剣にならない」
「まだ戦う予定はない」
「予定がなくても戦う」
「否定できませんね」
ネアが先に認めた。
ミレナは、自分の家へ戻って旅支度をした。
家族には、神殺しの剣の詳細までは話さない。
眠りの王を止める方法を探すため、セトたちと村を離れるとだけ伝えた。
「風の精霊王だから行くのか」
家族の一人に尋ねられ、ミレナは少し考えた。
「それだけではありません」
「行かなければならないのか」
自分にしかできないことがあるから。
世界を守るために必要とされているから。
そう答えれば、話は簡単だった。
だが、それだけを理由にすれば、また役割へ決められたことになる。
「行くかどうかは、私が決めました」
「危険なんだろう」
「はい」
「普通の人間へ戻りたいと言っていたのに」
「今も戻りたいです」
風の力を持ち続けたいわけではない。
精霊王として生きたいわけでもない。
それでも、今は自分の中に風の役割がある。
自分で始め、自分で止められるようになった力だった。
「普通の人間へ戻りたいからこそ、最後まで自分で選びたいです」
家族はすぐには納得しなかった。
それでも最後には、旅支度を手伝った。
翌朝、ミレナが祠へ来ると、ヴァルナは目を開けていた。
「行ってきます」
返事はない。
淡い青緑色の瞳が、わずかにミレナを追った。
「毎日、誰かが来る」
リグが言う。
「俺たちもいる。心配するな」
「はい。お願いします」
ミレナは頭を下げ、自分の足で村を離れた。
◆ 収監塔
グラウスが収監されているのは、王都の外れにある石造りの塔だった。
魔剣による連続殺人と、複数の精霊使いから力を奪った罪により、外へ出ることはない。
両腕は魔剣の逆流によって焼け、剣状精霊術を扱うこともできない。
それでも、面会には複数の兵が立ち会った。
鉄格子の向こうに、黒髪の男が座っている。
濃紺の長衣は以前より簡素なものへ替わっていた。
両袖は身体の前で留められ、その中に腕の形はほとんど見えない。
姿勢だけは、初めて会った時と変わらなかった。
グラウスはセトを見る。
次にシア、ネア、ミレナへ順に視線を移した。
「ずいぶん増えたな」
「神殺しの剣について聞きに来た」
セトは前置きを省いた。
グラウスの灰褐色の瞳が、わずかに細くなる。
「その呼び方を、どこで知った」
「シアに断片が残っていた」
グラウスはシアを見る。
「何が残っていた」
「剣状精霊術の使い手が、神殺しの剣を守っていた」
シアが答える。
「そこへ、火の精霊王が連れていかれた」
グラウスはしばらく何も言わなかった。
「そこまで残っていたか」
「知っているのか」
「ああ」
グラウスは椅子の背へ身体を預けた。
「私が、あの方を連れていった」
シアの目が細くなる。
「先代を?」
「ああ」
※第29話「創界の守り手」は全八回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




