(一)手掛かりのない剣
◆ 祠に残る者
ヴァルナを村の祠へ移してから、六日が過ぎた。
水路の流れは元へ戻っている。
祠には朝と夕方、必ず誰かが訪れた。
水を供え、屋根へ落ちた葉を払い、内側に横たわる青年の姿を確かめる。
「今日もいるな」
何かを願うでもなく、それだけを言って帰る者もいた。
ヴァルナは答えない。
それでも、祠へ移した直後より、人の形を保てるようになっていた。
指先が水へほどける回数は減っている。淡い青緑色の瞳も、訪れた村人をゆっくり追うようになった。
「昨日より安定しています」
ネアが祠の外から、ヴァルナを形作る原光の流れを確かめる。
「村の人が見に来るたび、崩れかけた境界が少し戻っています」
「もう暴れないのか」
シアが尋ねた。
「そこまでは言えません。今は自分から分かれようとしていないだけです」
「なら、まだ誰か残った方がいい」
祠の横で、ハルヴェンがうなずく。
「俺とリグが残ります。今の状態なら、再び水へ分かれ始めても、村へ広がる前に止められます」
「ヴァレストへ戻らなくていいのか」
セトが尋ねる。
「報告は送りました。世界規模の異常が続いている以上、水の精霊王を放置して帰る方が問題です」
人の姿を取ったリグは、祠の柱へ背を預けたまま、ヴァルナを見ていた。
「お前たちは神殺しの剣を探せ。こちらは任せろ」
「リグさんとハルヴェンさんが、ヴァルナを見ていてくれるんですね」
ミレナが言う。
「ああ。お前たちが戻るまで、今のこいつを一人にはしない」
祠の中で、水が小さく揺れた。
返事ではないかもしれない。
それでもリグは、視線を外さなかった。
◆ 手掛かりのない剣
神殺しの剣について各国へ送っていた問い合わせには、ほとんど成果がなかった。
神が使った剣。
神を斬った剣。
神殿へ捧げられた剣。
似た伝承はいくつも見つかった。
だが、創造神が精霊剣に相当する剣となり、そのまま消滅した後に残った空の器と一致するものはない。
「古い記録ほど、神剣と聖剣の区別が曖昧です」
ネアが、机へ広げた最後の報告書を閉じた。
「神が使った剣なのか、神殿が神剣と呼んだだけなのか、強い精霊術を宿した剣なのか。名称からは判断できません」
「全部見に行く?」
シアが報告書の束を見る。
「眠りの王が世界を眠らせる方が先でしょう」
「では、使えない」
「今から一つずつ確かめる方法は、です」
ネアは、報告書とは別に置いていた紙へ目を移した。
神殺しの剣。
シアの中に、知識ですらない断片として残っていた言葉。
以前の調査で確かめられたのは、それが創造神の残した空の器らしいことと、三人分の精霊王級の存在が必要になることまでだった。
場所も、正式な名も、分かっていない。
「シア」
「何だ」
「以前から感じていた引っかかりは、まだありますか」
シアは自分の胸元へ手を置いた。
「ある」
「強くなっていますか」
「前より近い。でも、見ようとすると消える」
ネアは、すぐにシアへ手を伸ばさなかった。
「もう一度、調べますか」
「ああ」
「前回より深いところへ触れる可能性があります。あなた自身の知識とは限りません」
「先代の知識か」
「それとも限りません。過去の精霊王が、外から一度だけ受け取ったものかもしれません」
シアは少し考えた後、椅子へ座った。
「見る」
「無理に引き出しません。分からないものを、分かる形へ押し込まないでください」
「どうすればいい」
「今ある引っかかりを、そのまま教えてください。わたしが周囲を分けます」
※第29話「創界の守り手」は全八回です。
続きます。
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