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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第28話 風の精霊剣

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(八)天縛

◆ 天縛


 ヴァルナの身体へ走る亀裂が増えた。

 髪が水へほどける。

 左右の腕が何本もの流れへ分かれ、草地の外へ伸びようとした。

 セトは翔嵐を正面へ向ける。


「天縛」


 その言葉を合図に、翔嵐からミレナの気配が消えた。

 意識が消えた一瞬、風のすべてが固定する力へ変わる。

 鍔の開放円環から、複数の細い風の輪が広がった。

 輪はヴァルナの周囲へ幾重にも重なる。

 輪と輪の間を、無数の直線的な風圧が結んだ。

 水の身体。外へ伸びた流れ。周囲の空気。分裂へ向かっていた原光。

 すべてが、一つの場所へ固定された。

 暴風は起こらない。

 流れ続けるはずの水が、完全な静止へ至る。

 ハルヴェンは、合図を待っていた。

 天縛が成立したのと同時に踏み込み、轟雷の切っ先をヴァルナの胸へ突き入れる。

 紫白色の雷が、固定された水の全体へ走った。

 雷を受けた部分だけを切り離すことはできない。

 身体の端から端まで、一つにつながった水を雷が貫く。

 同時に、ネアの銀青色の線が閉じた。

 ヴァルナ一人分の水を、一人の存在として外側から囲む。


「ミレナ」


 セトはすぐに名前を呼んだ。

 一瞬遅れて、翔嵐の中へ息を吸うような気配が戻る。


『……はい』


 風の輪がほどけ始めた。

 天縛は終わった。

 だが、ヴァルナはもう分かれなかった。

 雷を受けた身体は力を失い、ネアの境界の内側へ膝をつく。

 ハルヴェンが轟雷を引いた。


『これ以上は、今の個まで壊す』


 リグの声が響く。


「止めます」


 ヴァルナは人の姿を保ったまま、草地へ倒れた。


『戻れました』

「ああ」

『本当に一瞬でしたか』

「ああ」


 ほんの一呼吸にも満たない時間だった。

 それでも、その一瞬だけは、翔嵐のすべてが相手を固定する力へ変わっていた。


◆ 消さない


 ヴァルナは草地の中央へ横たわっていた。

 人の姿は保っている。

 髪と衣装の端から、少しずつ水が流れ落ちるが、地面へ広がる前に翔嵐の風が戻している。

 淡い青緑色の瞳が、ゆっくり開いた。


「言葉は分かりますか」


 ネアが尋ねる。

 ヴァルナの視線が、わずかにネアへ向く。

 返事はない。

 だが、先ほどまでのように無差別に水を動かそうとはしなかった。


「殺さないのか」


 シアが尋ねる。


「動けません」


 ネアはヴァルナの流れを確かめる。


「原光が枯渇している状態は変わっていません。境界も崩れたままです」

「また戻る?」

「このまま放置すれば」

「では、どうする」


 ネアは村の方角を見る。


「一人であることを、外から支えます」

「外から?」


 ハルヴェンが尋ねる。


「精霊王の個は、名前だけで保たれるわけではありません。他者とのつながりも境界になります」

「ヴァルナには個人名がない」


 ミレナの声が翔嵐から届く。


「ええ。ですが、役割名しかなくても、今ここにいる存在を同じ一人として認識し続ける者がいれば、境界を支えられる可能性があります」

「村の人に覚えてもらう?」

「それが最も近い方法です」


 昨日まで村を襲っていた存在を、村人へ預ける。

 簡単に頼めることではない。


「まず、話をします」


 ハルヴェンが言った。


「無理に祀らせることはできません」

「ええ」


 ネアもうなずく。


◆ 水の祠


 村の北側、水路の始まりに小さな祠があった。

 石を積んだ土台へ、雨を避ける木の屋根を載せただけの簡素なものだった。

 水路を使い始めたころから、水が絶えないよう願う場所として残されている。

 普段、毎日人が来る場所ではない。

 季節の変わり目に、水路を掃除した者が手を合わせる程度だった。

 村人たちは、草地から運ばれてきたヴァルナを遠巻きに見た。

 翔嵐の風が人の形を保ち、轟雷が再び動かないよう流れを見張る。

 ネアは、ヴァルナが水の精霊王であることを隠さなかった。

 原光の枯渇によって自分を保てなくなったこと。村を襲う意思があったかも分からないこと。このまま一人にすれば、再び水へ分かれて暴れる可能性があること。


「ここへ置けば、安全なのですか」


 村人の一人が尋ねる。


「必ずとは言えません」


 ネアは答えた。


「弱らせてあります。しばらくは、自分で祠から出ることもできません」

「その後は?」

「今いる一人を、同じ一人として覚えてください」

「お参りをするということですか」

「ええ」


 昨日、ミレナの家へ知らせに来た村人が、ヴァルナを見る。


「この人が、水を守ってくれるんですか」

「今は約束できません」

「では、何を願えば?」

「願わなくて構いません」


 ネアは静かに言った。


「ここにいると確かめてください」


 村人たちは顔を見合わせた。

 水路は、村の暮らしに欠かせない。

 その水を狂わせた存在でもある。

 それでも、セトたちが消滅させずに連れてきた一人だった。


「毎日、水路を見る者はいます」


 年長の村人が言う。


「その時に、ここへ寄るくらいならできます」

「俺も来ます」

「私も」


 一人ずつ、短い返事が続いた。



※第28話「風の精霊剣」は全九回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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