(七)翔嵐
◆ 一つへ束ねる
精霊剣となったことで、ミレナの風が強くなっただけではなかった。
セトが剣を置く方向と、ミレナが流れを動かす方向が同じになる。
どこへ集めたいかを、言葉にする前から共有できる。
『中央の低いところへ』
「ああ」
セトは風の剣を横へ払う。
刀身の中央風路を、柄から切っ先へ細い風が走る。
鍔の円環から、何本もの淡い流線が広がった。
右へ逃げる水を、左へ。土の下へ潜る水を、上へ。霧となって漂う水滴を、下へ。
それぞれを無理に一方向へ押すのではない。
別々の道を通しながら、最後に同じ場所へ集める。
ヴァルナは流れを切り離そうとする。
切れた先にも、別の風が待っている。
分かれた水が、次々と草地の中央へ戻された。
「今なら通せます」
ハルヴェンが轟雷を構える。
「まだだ」
セトは止めた。
中央へ集まった水の外側に、薄い膜が残っている。
『左後ろです』
セトが振り向く。
見えにくい水膜へ剣を向ける。
細い風の輪が膜の周囲を囲み、中央へ押し出した。
最後の水が、大きな水塊へつながる。
ヴァルナの身体が、その中で形を作った。
長い青緑色の髪。白と藍色の衣装。穏やかな青年の顔。
今度は身体の外へ残る水がない。
「全部です」
ネアが言った。
『全部、同じ一人です』
ミレナの声が剣から響く。
◆ 翔嵐
ヴァルナが両手を広げる。
一つへ集められた身体を、もう一度無数の流れへ分けようとする。
水面へ、細い亀裂のような線が走った。
『散ります』
「まだ戻せるか」
『戻せます。でも、集めた端から逃げていきます』
セトは剣から伝わる抵抗を感じる。
外へ散ろうとする水と、中央へ戻そうとする風が、絶えず押し合っていた。
名前のない剣では、呼吸を合わせにくい。
極炎も絶光も、剣の名を呼ぶことで、使い手と精霊王が同じ一瞬へ力を合わせていた。
風を翔け、散った流れを一つの嵐へ戻す剣。
「翔嵐」
『はい』
ミレナが応じる。
銀緑色の刀身を通る風が、一つへそろった。
今代の風の精霊剣の名が、そこで決まった。
◆ 三度目の言葉
ヴァルナの右腕が水へ崩れた。
足元からも細い流れが伸び、翔嵐の風の間を抜けようとする。
『方法があります』
「何だ」
『精霊王は、本来、意識を捨てれば役割の力だけに特化できます。剣になった私も、意識を捨てれば、もっと強力な剣に――』
「駄目だ」
ミレナが言い終わる前に、セトは止めた。
同じ言葉を、シアからも聞いた。
ネアからも聞いた。
これで三度目だった。
『まだ、最後まで言っていません』
「聞かなくても分かる。意識を捨てたままにはさせない」
『でも、今の出力では完全に固定できません』
「全部を捨てる必要はない」
セトは、外へ伸びかけた水を翔嵐の風で中央へ戻した。
「一瞬だけだ」
『一瞬だけ?』
「合図を決める。俺がそれを言った時だけ意識を捨てろ。その一瞬だけ出力を極大まで上げて、相手を固定することだけに全部使う」
翔嵐の刀身を流れる風が、わずかに揺れた。
『それなら、戻る時は』
「名前を呼ぶ」
『分かりました』
「合図は?」
『天縛にしてください』
「天縛」
『その言葉を合図に、身体だけでなく、周囲の水と原光の流れまで一つの場所へ固定します』
近くで聞いていたシアが、翔嵐を見る。
「剣の名前は翔嵐で、技の名前は天縛なのか」
「ああ」
「名前が違う」
「違う方が普通だ。剣と技が同じ名前のお前たちの方が異常なんだ」
「ネアも同じだ」
「二人そろって異常だ」
「聞こえています」
ネアはヴァルナの周囲へ銀青色の線を広げながら答えた。
「話している間にも、境界は崩れています」
ハルヴェンが轟雷を構える。
「合図と同時に通します」
「ああ」
※第28話「風の精霊剣」は全九回です。
続きます。
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