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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第28話 風の精霊剣

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(三)見失った時

◆ 二日目


 二日目には、髪全体へ銀緑色の光が重なるところまで進んだ。

 足が地面から離れる。

 ミレナは慌てて降りようとし、逆に身体を高く持ち上げてしまった。


「上ではありません」


 ネアが言う。


「分かっています」

「分かっているなら、下へ」

「下へ行こうとしています」


 ミレナの身体が横へ流れた。

 屋根の上からシアが飛び降りる。

 空中でミレナの肩をつかみ、そのまま地面へ下ろした。


「下手だな」

「初めてです」

「昨日も浮いていた」

「昨日は少しだけです」

「少し浮く方が難しい」

「慰めていますか」

「事実を言った」


 シアは手を離す。


「風は、どこへでも動けるから分かりにくい」

「シアさんにも分かるんですか」

「火は前へ行く」

「風の話です」

「前を決めればいい」


 ネアが少し考えた。


「単純ですが、間違ってはいません」

「だろう」


 ミレナは地面の一点を見た。

 自分が立っていた場所。

 そこを前ではなく、戻る先として決める。

 風を弱めるのではない。

 身体を支える流れの向きを、地面へそろえる。

 今度は、両足が同時に土へ着いた。


「できました」

「一度です」

「ネアは厳しいな」

「一度できたことと、いつでもできることは違います」


 ミレナはもう一度、風の側を前へ出す。

 浮く。

 地面を選ぶ。

 戻る。

 何度か繰り返すうち、空から見た知らない景色が浮かんだ。

 海。山。生まれる前の村。

 ミレナは右手を握る。


「今、私はここを選びました」


 景色は消えない。

 それでも、目の前の裏庭を見失わずにいられた。


◆ 三日目


 三日目、ミレナは風の精霊王の姿へ完全に変わった。

 栗色の髪には、根元から毛先まで淡い銀緑色の光が重なる。

 緑褐色の瞳も、薄い光を帯びた。

 人間の布で作られた服は形を残しながら、重さだけを失ったように漂っている。

 足元には、複数の細い風が輪を作った。


「名前は?」


 ネアが尋ねる。


「ミレナです」

「役割名は?」

「アイオロス」

「どちらがあなたですか」


 ミレナは答える前に、自分の内側を見る。

 ミレナという名。アイオロスという役割。

 どちらも自分へ重なっている。

 片方を偽物にはできない。


「今、答えているのはミレナです」

「風の役割は?」

「私の中にあります」

「あなたそのものですか」

「それだけではありません」


 ネアがうなずく。


「戻ってください」


 ミレナは右手を握る。

 前回よりも、風が強く残った。

 遠い空が見える。

 村の屋根が小さく感じる。

 人間の身体へ戻ることが、狭い場所へ入るように思えた。


「ミレナ」


 セトが呼ぶ。

 長椅子ではなく、家の壁へ背を預けて立っていた。

 添え木は外れているが、右脚へ体重をかけていない。


「右手だ」

「分かっています」

「なら、戻れる」


 ミレナは握った手を見る。

 今、自分で選んだ動作。

 風の広さではなく、この手を持つ身体を前へ出す。

 髪から光が消える。

 両足へ重さが戻り、膝が少し曲がった。

 ネアが支えようとしたが、ミレナは自分で立った。


「戻りました」

「ええ」

「セトさんが言わなくても、戻れました」

「ああ」


 セトは当然のように答えた。


「少しは褒めてください」

「できると思っていた」

「それは褒めているんですか」

「たぶん」


◆ 見失った時


 訓練を終えた後、ミレナはセトと二人で家の前に残った。

 ネアは水路の確認へ向かい、シアは屋根の上へ戻っている。

 セトは椅子へ座り、右脚を伸ばしていた。


「無理をして立ったんですか」

「少しなら動かしていいと言われた」

「壁に寄りかかることも含まれていますか」

「聞いていない」

「あとで確認します」


 セトは止めなかった。

 ミレナは自分の右手を見る。


「今日、自分で戻れました」

「ああ」

「でも、風の側にいる間、戻りたくないと思いました」

「力が欲しくなったのか」

「違います」


 ミレナは首を横へ振る。


「広いんです。遠くまで見えて、どこへでも行ける気がする。人間の身体へ戻ると、狭くなるように感じました」

「それが怖い?」

「その気持ちが、自分のものか分からないことが怖いです」


 風の役割が、人間の身体を不自由だと感じたのか。

 ミレナ自身が、一度知った広さを手放したくないと思ったのか。

 区別はできない。


「それでも、戻る方を選びました」

「ああ」

「今は」


 ミレナはセトを見る。


「私がまた自分を見失っても、セトさんなら見つけてくれますか」

「ああ」


 セトは迷わなかった。


「風の中にいても?」

「ああ」

「私が自分をミレナだと言えなくても?」

「その時は、俺が呼ぶ」


 ミレナは少しだけ目を伏せた。


「それを聞きたかったんだと思います」



※第28話「風の精霊剣」は全九回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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