(三)万雷
◆ 万雷
「広く通します」
ハルヴェンは轟雷を両手で握った。
草地全体へ散った水が、村の方角へ動き始めている。
一つずつ追えば、必ず抜ける流れが出る。
「リグ」
『いつでもいい』
紫白色の原光が、轟雷から地面へ走った。
空気が震える。
「万雷」
空から、無数の雷が落ちた。
一本の大きな雷ではない。
草地へ広がった水の流れを追い、細い落雷が次々と位置を変える。
水へ触れた雷は、その内部を走り、別の流れへ飛び移る。
土の上に紫白色の網が広がった。
村へ向かっていた水が、一斉に止まる。
人の形へ戻りかけていたヴァルナも、輪郭を失った。
ハルヴェンは万雷を止めない。
動こうとする水へ、何度も雷を落とす。
水面が細かく弾け、白い湯気が上がった。
『まだ残っている』
「分かっています」
雷が通った水の外側で、地面へ薄く広がった水膜が動いた。
膜は草の一本一本を伝い、落雷の間を抜けていく。
大きな流れではない。
一滴ずつに近い小さな水が、別々の道を選んでいる。
万雷は広い。
それでも、草地のすべての水滴へ同時に雷を落とすことはできない。
網の外へ抜けた水が、少し離れた場所で集まる。
腕ほどの太さになると、地面から立ち上がった。
細い水流がハルヴェンの背中へ伸びる。
『後ろだ!』
ハルヴェンが振り向き、轟雷で受ける。
水流へ雷が入った。
だが、水は剣へ触れる直前に二つへ分かれていた。
一方は雷に弾け、もう一方が肩へぶつかる。
ハルヴェンの身体が横へ飛んだ。
万雷が途切れる。
止まっていた水が、一斉に動き出した。
◆ 村へ向かう水
シアとネアが草地へ到着した時、ヴァルナは人型を作っていなかった。
無数の細い流れが、草と土の間を村へ向かっている。
「ハルヴェン」
ネアが倒れた青年のそばへ降りる。
「動けます」
ハルヴェンはすぐに起き上がった。
左肩を押さえているが、腕は動く。
轟雷も維持されていた。
「止められませんでした」
『止めてはいた。全部ではなかっただけだ』
「同じです」
シアが村へ向かう水を見る。
「焼く」
両手の周囲へ炎が集まった。
赤橙色の火が地面を走り、水の前へ壁を作る。
先頭の流れが蒸気へ変わる。
しかし、後ろの水は炎のない左右へ分かれた。
地面の下へ潜るものもある。
「広がるな!」
シアが炎を左右へ伸ばす。
火の壁は広がった。
その分、一か所あたりの熱が弱くなる。
水は一部だけ蒸発し、残りが薄い膜となって火の下を通った。
「全部同じ場所へ来い」
「言って従う状態ではありません」
ネアは銀青色の線を水へ伸ばす。
流れの向きを村から外へ曲げる。
一度は水路から離れた。
だが、一本を曲げている間に、別の十本が村へ進む。
「細かすぎます」
「まとめられないのか」
「分けることや流れを変えることはできます。しかし、これだけ広い範囲を同時に一つへ集めるのは、わたしの性質ではありません」
シアが炎を強める。
「なら、全部消す」
「地面の下へ入った水まで焼けば、村の畑も土も無事では済みません」
「村へ入るよりはいい」
「まだ、その判断をする段階ではありません」
ネアは黒に近い線を何本も広げ、水の進路を細かく変えた。
シアは、その先へ火を置く。
二人で止めている間に、ハルヴェンが水の外側へ回り、轟雷で抜けた流れを戻す。
それでも、水は少しずつ村へ近づいていた。
◆ 休んでいる場合ではない
村の南側へ避難した者たちの間からも、北の草地に上がる蒸気が見えた。
借りた家に残っていたセトは、長椅子から身体を起こす。
「行く」
「歩けません」
ミレナが言った。
「剣を持てば動ける」
「昨日より悪くなったら?」
「村へ入られる方が悪い」
セトは右脚を床へ下ろした。
体重をかけた瞬間、膝が揺れる。
壁へ手をつき、倒れるのを防いだ。
「それで戦えるんですか」
「極炎なら身体も強くなる」
「痛みがなくなるわけではありません」
「分かっている」
ミレナは戸の前へ立った。
「ネアさんは、残るように言いました」
「ミレナにだ」
「セトさんにも、休むよう言っていました」
「今は状況が違う」
「昨日も、そうやって一人で前へ出ました」
セトは返事を止めた。
「私を見つけて、私を守って、動けなくなりました」
「今度は村だ」
「同じです」
「同じではない」
北から、低い音が響いた。
雷の音ではない。
大量の水が地面を打つ音だった。
ミレナが振り返る。
風を通して、草地の状況が流れ込んでくる。
分かれた水。焼き切れない火。押し戻しきれない月の流れ。
「止められていません」
「ああ」
「私にも分かります」
ミレナは目を閉じた。
風の知識を追わないよう言われている。
それでも、どこで水が分かれ、どの流れが村へ近いかが分かった。
「一番広がっているのは、村の北西です」
「そこへ行く」
「私が案内します」
「残れ」
「セトさんは一人では歩けません」
セトは反論しようとした。
右脚へ力を入れる。
今度は壁から手を離せなかった。
「肩を貸します」
「危険になったら離れろ」
「それは、セトさんもです」
ミレナはセトの左腕を自分の肩へ回した。
※第27話「狂った水の精霊王」は全七回です。
続きます。
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