(二)水の来る道
◆ 水の来る道
昼前、水路の水が止まった。
村の中を流れていた細い水が、一斉に同じ場所で動きを失う。
風もないのに、水面だけが震えた。
最初に気づいたのはミレナだった。
「来ます」
長椅子から立ち上がり、窓へ近づく。
「どこからだ」
シアが尋ねる。
「上流です。でも、川だけではありません」
ミレナは目を閉じた。
村の外を流れる風が、水の匂いと冷たさを運んでくる。
「土の下にもあります。水路へつながる細い流れが、全部こちらを向いています」
ネアの銀青色の線が外へ広がった。
次の瞬間、止まっていた水が逆へ動く。
本来は村から畑へ流れる水が、上流側へ引かれ始めた。
「ヴァルナです」
ネアが立ち上がる。
「まだ村の外ですが、昨日より広く分かれています」
リグとハルヴェンは、すぐに外へ出た。
シアも続こうとする。
「村の人を先に動かします」
ハルヴェンが言った。
「川と水路から離れた高い場所へ。井戸にも近づかないよう伝えてください」
「水を止めればいいのか」
村人の一人が尋ねる。
「触れないでください。板や土で塞いでも、水の精霊王が相手では止まりません」
村人たちは家々へ走った。
子供と年寄りを先に、南側の高台へ移す。
畑の水路近くにいた者も呼び戻された。
ミレナは外へ出ようとした。
ネアが腕を伸ばして止める。
「あなたはセトと残ってください」
「私には、どこから水が来るか分かります」
「それを伝えるだけで十分です」
「昨日、私がいたから――」
「昨日の責任を取るために、今日危険へ入るのですか」
ミレナは言葉を止めた。
「責任を感じることと、力を扱えることは別です」
ネアは静かに言った。
「今のあなたが風を強く動かせば、昨日のように、自分で止められなくなる可能性があります」
「でも、何もしないでいるのも」
「今は、何もしないことも選んでください」
ミレナはうなずけなかった。
それでも、ネアの腕を押しのけることはしなかった。
◆ 川から離れた水
迎撃地点は、村の北側にある乾いた草地となった。
川から少し離れ、水路も通っていない。
ヴァルナが周囲の水を使える範囲を、少しでも狭めるためだった。
ハルヴェンは草地の中央へ立つ。
リグが隣で川上を見た。
「来るぞ」
地面の低いところへ、水が染み出した。
一か所ではない。
草の根元、石の隙間、土の割れ目から、細い水が同時に現れる。
昨日、川の中から人の姿を作った時とは違う。
何十本もの流れが、別々の方向から草地へ入り込んでいた。
流れの一部が持ち上がる。
深い藍青色から青緑色へ変わる長い髪。白と深い藍色の衣装。穏やかな青年の顔。
ヴァルナは昨日と同じ姿へ戻った。
ただし、輪郭は薄い。
身体を作らず地面へ残した水が、周囲を取り囲んでいる。
「話せるか」
リグが呼びかけた。
ヴァルナは答えない。
「ヴァルナ」
役割名を呼んでも、淡い青緑色の瞳は動かなかった。
右手が上がる。
「来ます」
ハルヴェンの声と同時に、リグの身体が紫白色の光へ変わった。
光が剣の形へ集まり、精霊剣・轟雷となる。
ハルヴェンが剣を横へ払う。
地面から立ち上がった水流へ、紫白色の雷が走った。
一本へ入った雷は、接触する流れへ次々と伝わる。
ヴァルナの人型まで届き、全身を貫いた。
身体が崩れる。
だが、地面を這っていた水は止まらなかった。
雷が届く前に、互いの流れを切り離している。
『昨日より早い』
轟雷となったリグの声が響く。
「こちらの攻撃を覚えているのでしょうか」
『自分で考えているようには見えない。水として、通りにくい形へ変わっているだけかもしれない』
分かれた水が、ハルヴェンの左右から立ち上がる。
ハルヴェンは地面を蹴り、一本の紫白色の線となって間を抜けた。
「迅雷」
人型へ戻りかけていたヴァルナを正面から貫く。
身体が前後へ分かれた。
その二つが、さらに四つへ分かれる。
四つの水塊は地面へ落ちる前に細い流れとなり、別々の方向へ逃れた。
『切って増やしただけだな』
「増えてはいません」
ハルヴェンは周囲を見回す。
「一つ一つが小さくなっています」
『総量は同じか』
「おそらく」
水は新しい身体を作り出しているのではない。一つだった質量を分けている。
だから、何度切っても数だけが増える。
※第27話「狂った水の精霊王」は全七回です。
続きます。
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