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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第27話 狂った水の精霊王

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(一)動けない朝

◆ 動けない朝


 朝になっても、セトの右脚には力が入らなかった。

 長椅子へ横になったまま上体を起こすと、脇腹へ鈍い痛みが走る。

 息を止めたことに、すぐ近くへ座っていたシアが気づいた。


「痛いのか」

「少し」

「少しなら寝ていろ」

「起きても寝ても変わらない」

「なら寝ている方がいい」


 シアは迷わず言った。

 いつもなら、自分が動けるかどうかは自分で決めようとする。

 だが、今はセトが足を床へ下ろすだけでも、その動きを見ている。


「外は」

「今のところ何もない」


 入口近くにいたネアが答えた。

 銀青色の細い線を戸の隙間から外へ伸ばし、水路と川へ続く原光の流れを確認している。


「リグとハルヴェンが、夜の間も交代で川を見ていました。ヴァルナが近くへ戻った痕跡はありません」

「遠くへ行ったのか」

「それも分かりません。水は地面の下にも、井戸にも、水路にもあります。人の形を保っていなければ、どこにいるかを見分けるのは難しくなります」


 部屋の端には、ミレナが座っていた。

 昨夜は家族のもとへ戻らず、ネアと同じ家で夜を過ごした。

 一人にしないためでもある。

 水の精霊王を見た時に、会ったネアと同じ家で夜ことのない相手を知っていると感じた。その知識が、再び人間としての記憶へ混ざらないかを確かめるためでもあった。


「ヴァルナというのは、あの人の名前ですか」


 ミレナが尋ねる。


「役割名です」


 ネアが答えた。


「水の精霊王は、ヴァルナという役割を継ぎます。今の個人を区別する名前は、わたしの知る限りありません」

「名前がない」

「ええ」


 ミレナは、閉じた窓へ目を向けた。


「それでも、昨日の人が誰なのかは分かるんですか」

「同じ役割の流れは分かります。ただし、今のヴァルナが過去のヴァルナとどう違うのかは、名前だけでは分けられません」


 自分がミレナなのか分からなくなった夜に、名前のない精霊王と出会った。

 ミレナはそのことを考えたが、口には出さなかった。


◆ 戻せるのか


 日が少し高くなったころ、リグとハルヴェンが戻ってきた。

 二人とも眠っていないわけではない。

 それでも、顔には夜通し川を見張った疲れが残っていた。


「上流にもいなかった」


 リグが言う。


「少なくとも、人の形ではな」

「水の量が不自然に減った場所も確認しましたが、はっきりした痕跡は見つかりませんでした」


 ハルヴェンは外套を外し、壁際へ置いた。


「昨日の迅雷は効いていたように見えた」


 セトが言う。


「動きは止められました」

「だが、倒してはいない」


 リグが続ける。


「あれは身体を分けた。雷が通った部分を捨て、残った水で形を戻したようにも見えた」

「捨てた水は?」

「川へ残っていた。しばらくして、上流へ動いた」


 シアが腕を組む。


「全部焼けばいい」

「水量が分かりません」


 ネアが言った。


「昨日見た身体だけが、ヴァルナのすべてとは限りません。分かれた一部を別の場所へ残している可能性もあります」

「全部見つけて焼く」

「見つけられれば、です」

「戻す方法はないのか」


 シアはネアを見る。


「狂う前に」

「分かりません」


 ネアはすぐに答えた。


「原光の枯渇によって、自分を一人として保つ境界が崩れています。足りない原光を補えば戻るのか、眠りの王が再び眠れば戻るのか、それとも一度崩れた境界は元へ戻らないのか。確かめた例を、わたしは知りません」

「倒したら次が生まれるのか」

「役割まで失われなければ、いずれ次代が生まれる可能性はあります」

「今のヴァルナは戻らない」

「消滅させれば、今いる個人は戻りません」


 部屋が静かになる。

 昨日のヴァルナに、会話が通じる様子はなかった。

 それでも、穏やかな青年の姿をした一人の存在だった。


「戻せるか分からないなら、まず動けなくする」


 リグが言った。


「殺すかどうかは、その後だ」

「それしかありませんね」


 ハルヴェンがうなずく。


「村へ来なければ、こちらから探し出して追い詰める必要はありません。ただし、水路へ入られれば、家の近くまで気づかずに来る可能性があります」

「見張りを続ける」


 セトが言う。


「あなたは休んでください」


 ハルヴェンの返事は早かった。


「見張るだけなら」

「座っているだけでも痛むのでしょう」

「少しだ」

「昨日も聞きました」


 ハルヴェンは、固定されたセトの右脚を見る。


「少し動けない、という意味だったようですが」



※第27話「狂った水の精霊王」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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