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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第26話 逃げた少女

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(四)逆に流れる水

◆ 逆に流れる水


 水車小屋の横で、水音が変わった。

 流れが強くなったのではない。

 川下へ落ちていた水が、音を立てずに持ち上がっている。

 古い水車が、ゆっくり逆へ回り始めた。


「下がれ」


 セトは白刃と黒刃を作った。

 ミレナが立ち上がる。


「何が――」

「俺の後ろへ」


 川の中央から、細い水流が二本伸びた。

 一本は空中を回り、もう一本は地面すれすれを通る。

 その間から、人の形が現れる。

 長身の男性だった。

 背中の上まで届く濃い青緑色の髪を、首の低い位置で緩くまとめている。

 白と深い藍色の衣装は、水の中にあるようにゆっくり揺れていた。

 淡い青緑色の瞳が、セトたちへ向く。

 表情は静かだった。

 怒ってもいない。笑ってもいない。

 ただ、その視線には二人を見つけた反応がなかった。

 手の周囲を巡っていた水流が、途中で四本へ分かれる。

 四本はさらに分かれ、元へ戻らないまま広がった。


「水の精霊王」


 ミレナがつぶやく。


「分かるのか」

「知っています」


 その言葉に、ミレナ自身が息を止めた。

 会ったことはない。

 それでも知っていた。


◆ 静かな攻撃


 水の精霊王が、片手をわずかに上げた。

 攻撃の構えには見えなかった。

 だが、川の表面が一斉に持ち上がった。


「伏せろ!」


 セトが黒刃を前へ出す。

 細く圧縮された水流が、正面から突き出された。

 黒刃へ触れた部分から、淡い青緑色の光が消える。

 術として保たれていた形が崩れ、水が地面へ落ちる。

 しかし、すべては止まらなかった。

 原光を失った水そのものが勢いを残し、セトの腕と肩へぶつかる。

 身体が後ろへ押される。

 白刃を地面へ突き立て、倒れるのを防ぐ。


「走れるか」


 後ろへ問いかける。


「はい」

「小屋の反対側へ」


 ミレナが動く。

 水の精霊王の視線も、同じ方向へ動いた。

 セトは二本の刃を交差させる。

 白刃を振り、見た目の刀身より先へ斬撃を伸ばす。

 ミレナへ向かう水流が二つに切れる。

 切れた水は、そのまま左右へ分かれた。

 直後、別々の方向からミレナへ回り込む。


「戻れ!」


 ミレナが足を止める。

 セトは黒刃で右側を崩し、白刃で左側の向きをそらした。

 水は地面へ落ちる前に細い流れへ変わり、川へ戻っていく。


「切っても、戻る」


 セトが言った。

 水の精霊王は答えない。

 穏やかな顔のまま、もう一度手を上げた。


◆ 広がる水


 川から持ち上がる水の量が増えた。

 一つの大きな波にはならない。

 細い流れへ分かれ、小屋の左右、地面、木の枝の間へ広がる。

 黒刃で一つを消せば、その外側を二つが通る。

 白刃で切れば、切れた数だけ流れが増える。

 セトはミレナの前から動けなかった。


「風で押します」

「待て」


 ミレナの周囲へ風が集まる。

 本人が望むより早く、広い範囲の空気が動いた。

 散っていた水流が風へ巻き込まれる。

 一瞬だけ、水の精霊王から遠ざかった。

 だが、風は一方向へそろわない。

 回り込んだ流れが、水を小屋の周囲へ広げてしまう。


「止めてください」


 ミレナが自分の風へ言う。

 風が弱まる。

 広がった水だけが、木や石壁を伝って残った。


「今は使うな」

「でも――」

「どこへ動くか分からない力を、近くで使う方が危ない」


 ミレナは唇をかみ、うなずいた。

 その間にも、水は周囲へ広がっている。

 水の精霊王の身体は、先ほどより薄く見えた。

 弱ったのではない。

 身体を作っていた水まで、攻撃へ分けている。


◆ 二本では守れない


 右から三本。左から二本。地面を伝う流れが一つ。

 セトは黒刃を右へ向け、白刃で左を払った。

 地面の流れを避けるため、ミレナとともに後ろへ下がる。

 崩れた石へ足が当たった。

 わずかに姿勢が乱れる。

 その瞬間、水車の裏へ回っていた流れが一本へ集まった。


「セトさん!」


 背後から来る。

 振り向く時間はなかった。

 セトはミレナを横へ押した。

 黒刃を背中側へ回す。

 水流の原光は削れた。

 だが、勢いを失いきらなかった水が脇腹へぶつかる。

 身体が石壁へ叩きつけられた。

 息が止まる。

 白刃が消えかける。


「セトさん」

「来るな」


 声を出すだけで、脇腹が痛んだ。

 立ち上がろうとする。

 右脚へ力を入れた時、膝が崩れた。

 それでも黒刃を作り直す。

 水の精霊王は止まらない。

 地面へ落ちた水が再び持ち上がり、ミレナへ向きを変える。

 セトは片膝をついたまま、その前へ黒刃を置いた。


「逃げろ」

「一人で置いていけません」

「村へ戻れ」

「戻る道が分かりません」


 ミレナの声が震える。

 風なら、どこへでも続いている。

 だからこそ、今のミレナには、どれが村へ戻る道なのか分からなかった。



※第26話「逃げた少女」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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