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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第26話 逃げた少女

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(三)古い水車小屋

◆ 古い水車小屋


 水車小屋は、村から少し離れた川沿いに残っていた。

 今は使われていない。

 水車は半分ほど欠け、細い水路だけが小屋の横を流れている。

 近づく前から、風の音が聞こえた。

 一定の方向へ吹く風ではない。

 小屋の周囲を回り、川へ降り、木々の間を抜け、また同じ場所へ戻っている。


「ミレナ」


 セトが呼ぶ。

 返事はなかった。

 白刃も黒刃も作らず、小屋の裏へ回る。

 崩れかけた石壁のそばに、ミレナが座り込んでいた。

 膝を抱え、顔を伏せている。

 栗色の髪が、風に持ち上げられていた。


「ミレナ」


 二度目に呼ぶと、肩が動いた。


「来ないでください」

「見つけたと伝えるだけだ」

「誰をですか」


 ミレナは顔を上げなかった。


「私を探していたんですか。それとも、風の精霊王を探していたんですか」

「ミレナを探していた」

「それが、分からないんです」


 風が石壁へぶつかり、細い砂を巻き上げる。


「どこまでが私の記憶なのか、分からないんです」


◆ 私がミレナなのか


 セトは、それ以上近づかなかった。

 ミレナが自分から話すのを待つ。


「ここで転んだことがあります」


 ミレナは水車小屋の前を指した。


「子供のころです。膝を擦りむいて、泣きながら村へ帰りました」

「ああ」

「でも、この小屋が建つ前の川も覚えています」


 ミレナがようやく顔を上げた。

 目の下には、眠れなかった疲れが濃く残っている。


「村が今より小さかったころも。水路が掘られる前も。私は生まれていないのに、覚えています」

「風の知識だと、ネアは言っていた」

「頭では分かります」


 ミレナは胸元を押さえた。


「でも、思い出す時は同じなんです。転んだことも、小屋がなかったころも、同じように自分の中から出てくる」


 風が一度強くなる。


「家族と過ごしたことも、村で生きてきたことも、本当に私の記憶なのか分からなくなりました」

「ミレナ」

「今話している言葉も、私が考えているのか分かりません」


 ミレナは自分の手を見る。


「私がミレナなのかも、分からない」


 セトは、すぐに答えなかった。

 精霊王の知識と人間の記憶を分ける方法を、セトは知らない。

 どちらが本物かを決めることもできない。

 分からないものを、分かるとは言えなかった。


「分からなくなっても、今それを怖いと思っているのはミレナだ」


 ミレナが顔を上げる。


「どうして、そう言えるんですか」

「風の知識が何を知っているかは分からない。でも、今ここで、自分が消えるのを怖がっているのは、今まで人間として生きてきたミレナだ」

「それも、風の精霊王の感情かもしれません」

「そうかもしれない」

「それでは、私だとは言えません」

「ああ」


 セトは否定しなかった。


「でも、今ここにいるお前が、怖いと言っている。どちらから出た感情でも、怖がっているお前を置いていく理由にはならない」


◆ 見つけたもの


 ミレナはしばらく黙っていた。

 小屋の周囲を回っていた風が、少しだけ弱くなる。


「どうして、私だと分かったんですか」

「風の精霊王を探したんじゃない。ミレナを探した」

「同じ場所にいるのに?」

「ああ」


 セトは村の方角を指した。


「家の裏の留め金を閉めていた」

「留め金?」

「畑も踏まなかった。近道をせず、外側の道を通っている」


 ミレナは、自分が家を出た後のことを思い出そうとした。


「覚えていません」

「覚えていなくても、そうしていた」

「風が選んだのかもしれません」

「風の痕跡は畑の上にもあった。でも、お前の靴の跡は道に残っていた。身体を運ぶ流れだけは、畑を避けている」


 セトは古い水車小屋を見る。


「ここへ来ることも、村の人に聞いた。ミレナが一人で考えたい時に来ていた場所だ」

「昔のことです」

「風の精霊王が昔から知っていた場所じゃない。ミレナが子供のころに来た場所だ」


 ミレナは膝を抱えていた腕を少し緩めた。


「私が選んだ?」

「少なくとも、ここへ来るまでに残したものは、ミレナのものだった」

「それだけで?」

「それだけあれば、探せる」


 ミレナは返事をしなかった。

 だが、顔を伏せることもしなかった。



※第26話「逃げた少女」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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