(二)消えたミレナ
◆ 消えたミレナ
夜明け前、セトたちが借りている家の戸が強く叩かれた。
最初に起きたハルヴェンが戸を開ける。
そこには、息を切らした村人が立っていた。
「ミレナがいないんです」
その一言で、全員が起きた。
セトたちはミレナの家へ向かう。
部屋には誰もいなかった。
窓は閉じている。
長椅子の前には、何度も同じ場所を歩いた跡が残っていた。
「いつ気づいた」
セトが尋ねる。
「少し前です。部屋から風の音がして、それから静かになって」
「外套と靴がありません」
家族が答えた。
「自分で出たのですね」
ネアは部屋へ残る淡緑色の流れを見る。
「どちらへ行った」
シアが尋ねる。
ネアはすぐに答えなかった。
家の外へ出る。
淡緑色の流れは、村中へ広がっていた。
北へ向かうもの。東の街道へ伸びるもの。屋根の上を越え、西の畑へ抜けるもの。地面に沿い、細い水路をたどるもの。
「全部だ」
シアが言った。
「ええ」
「全部にミレナがいるのか」
「風の痕跡があります。ですが、本人は一人です」
「一番強い流れを追う」
「強さは、ミレナとの近さを示していません」
「では、どう探す」
ネアは村の外へ続く無数の流れを見た。
「分かれて探すしかありません」
◆ 風では探せない
村の中央で、五人は方角を分けた。
シアとネアは、原光の流れが濃い東側を調べる。
ハルヴェンとリグは、川沿いから北へ向かう。
セトはすぐには動かなかった。
「ミレナは、不安な時に行く場所があるか」
家族へ尋ねる。
「不安な時?」
「一人で考えたい時や、誰にも会いたくない時だ」
家族は顔を見合わせた。
「子供のころは、北の古い水車小屋へ行くことがありました」
「今は?」
「大人になってからは、あまり。でも、村の中にいたくない時には、川の方へ歩いていたと思います」
「風の流れなら、北にもあります」
ハルヴェンが言った。
「川沿いへ分かれたうちの一つです」
「一つだけではない」
リグが周囲を見る。
「北へ向かった流れだけでも、途中で五つに分かれている」
「俺は水車小屋へ行く」
セトが言った。
「では、俺たちは川の上流側を見ます」
ハルヴェンが答える。
「何かあれば、リグの雷を上へ出します」
「ああ」
「一人で大丈夫か」
シアが尋ねた。
「探すだけだ」
「見つけたら待て」
「分かった」
「本当に?」
「今は分かっている」
シアが何か言い返す前に、ネアが東の流れへ目を向けた。
「急ぎましょう」
◆ 人間が通った道
セトはミレナの家の裏へ回った。
風の痕跡は、地面だけではなく、空にも家の壁にも残っている。
それを追うことはやめた。
裏庭の柵を見る。
留め金は閉じていた。
家から出た者が通らなければ、閉め直す必要はない。
柵の下には、革靴の先で土を削った跡がある。
その先で、続いていた足跡は一度消えていた。
風に身体を運ばれたのだろう。
だが、向かった方向は分かる。
畑を横切れば、水車小屋までは近い。
ミレナは横切っていなかった。
作物の間に、風が通った跡はある。
しかし、人が踏んだ跡はない。
畑の外側を回る道には、遠く離れた場所ごとに、靴が着地して土を削った跡が残っていた。
風に持ち上げられても、身体は道の上へ戻っている。
セトはその道を進む。
柵の角に、外套と同じ色の細い糸が引っかかっていた。
強い風なら、どこへでも進める。
風の精霊王の知識だけで動いたなら、道を選ぶ必要はない。
それでもミレナは、村の者が育てる作物を踏まない道を選んでいた。
風に運ばれながらも、人間として歩いてきた道を外れていない。
セトは北へ走った。
※第26話「逃げた少女」は全六回です。
続きます。
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