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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第25話 分けられたミレナ

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(四)戻る場所

◆ 戻る場所


 ネアは調査を始める前に、ミレナへいくつか質問した。


「あなたの名前は?」

「ミレナです」

「役割名ではなく?」

「ミレナです」

「年齢は?」

「二十歳です」

「ここはどこですか」

「私が暮らしている村の外です」

「今、目の前にいるのは?」

「ネアさんです」

「隣にいる二人は?」

「セトさんと、シアさん」

「外側は?」

「ハルヴェンさんと、リグさん」


 シアが不満そうに言う。


「わたしだけ分からなくなるとは思えない」

「確認です」

「名前なら昨日覚えた」

「ミレナの確認です。あなたの記憶を調べているのではありません」

「分かっている」

「本当に?」

「今は分かっている」


 昨日と同じ答えに、セトが小さく息を吐いた。

 ミレナも少しだけ笑った。

 張りつめていた肩が下がる。


「今答えたことを、分けている間にも聞きます」


 ネアが言った。


「答えられなくなったら、すぐに戻します」

「名前を忘れるんですか」

「忘れるとは限りません。ただ、風の役割が前へ出た時に、人間としてのあなたがどの程度表へ残るか分かりません」

「名前が言えれば、私は残っている?」

「少なくとも、自分をミレナだと認識できています」

「名前は、そんなに大事なんですね」

「名前だけで、すべてが決まるわけではありません」


 ネアはシアを一度見た。


「ですが、自分が役割だけではないと確かめる場所にはなります」


 ミレナは胸元へ手を置く。


「ミレナ」


 自分で、自分の名前を口にした。


◆ 境界をずらす


「始めます」


 ネアの羽衣が、風もないのに持ち上がった。

 銀青色の原光が、先ほどよりも細い線となってミレナを囲む。

 一本ではない。

 何十本もの線が、互いに触れないまま身体の周囲へ重なった。

 淡緑色の風が、それぞれの隙間を通り抜ける。


「目を閉じた方がいいですか」

「楽な方で」


 ミレナは目を開けたまま、ゆっくり息を吸った。

 吐く。

 呼吸に合わせ、周囲の風が広がって戻る。

 ネアはその流れの中から、人間としてのミレナへつながるものと、風の役割へつながるものを見分けていった。

 二つは絡まっていない。

 切り離せないほど融合してもいない。

 だが、別々に並んでいるわけでもなかった。

 同じ道を、二つの流れが重なって通っている。

 一方を強く動かせば、もう一方も引かれる。


「痛みは?」

「ありません」

「寒さや熱は?」

「少し、軽いです」

「身体が?」

「身体というより……周りが」


 ミレナの髪が持ち上がる。

 外から風が吹いたのではない。

 身体の表面に重なっていた淡緑色の流れが、少しずつ外側へずれている。

 ネアは人間側の流れを押さえ込まなかった。

 ただ、風の側が通る道を作る。

 銀青色の線が一本動くたび、ミレナの輪郭がわずかに二重へ見えた。


「ミレナ」


 ネアが呼ぶ。


「はい」

「名前は?」

「ミレナです」

「続けます」


 淡緑色の流れが、身体の内側から表へ出た。


◆ 風の精霊王


 最初に変わったのは、髪だった。

 栗色の髪へ淡い銀緑色の光が重なり、色が抜けたように見えた。

 風がない場所でも、毛先が水の中にあるように揺れた。

 緑褐色の瞳には薄い光が差し、焦点が遠くへずれていく。

 ミレナが着ていた布の上衣と長いスカートも、重さを失ったように浮き上がった。

 形そのものは大きく変わらない。

 だが、布の輪郭へ淡い緑の光が走り、身体とともに風の中へ溶けかけているように見える。

 足元の草が、円を描くように倒れた。

 強い風ではない。

 周囲から集まった流れが、ミレナを中心に一つへまとまっている。


「できた」


 シアが立ち上がる。


「まだです」


 ネアはミレナから目を離さない。


「ミレナ。聞こえますか」


 返事がない。

 ミレナは目を開けていた。

 しかし、ネアを見てはいない。

 もっと遠くを見ている。


「ミレナ」

「……聞こえます」


 声は同じだった。

 ただ、遠い場所から届いているように薄い。


「名前は?」


 ミレナの唇が動く。


「アイオロス」


 シアの目が細くなる。

 ネアの銀青色の線が、すぐに人間側の流れへ寄った。


「あなたの個人名です」


 長い間が空く。


「……ミレナ」

「年齢は?」

「二十……」


 ミレナが言葉を止めた。

 風が草地を走る。


「長い」

「何がですか」

「二十は、短い。でも、長い」

「ミレナ。今いる場所は?」


 銀緑色の光を帯びた髪が揺れる。


「風の途中」

「村の外です」

「村」


 ミレナはその言葉を確かめるように繰り返した。


「下にある」

「地面に立っています」


 実際には、ミレナの踵が草からわずかに離れていた。

 風が身体を支え、本人の意識しないまま浮かせている。


「ネア」


 セトが呼ぶ。


「戻します」


 ネアも同じ判断だった。



※第25話「分けられたミレナ」は全八回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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