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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第25話 分けられたミレナ

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(五)動かせない風

◆ 動かせない風


「力を動かせますか」


 ネアが尋ねた。

 銀緑色の光を帯びた髪を揺らしながら、ミレナがゆっくり顔を向ける。


「動いている」

「今動いている風ではありません。あなたが選んで、動かせますか」

「選ぶ」


 ミレナは言葉を確かめるように繰り返した。

 ネアは草地の端にある一本の低い木を示す。


「あの木の葉だけを揺らしてください」

「葉」


 ミレナの視線が木へ向いた。

 次の瞬間、木の葉ではなく、草地全体が同じ方向へ伏せた。

 セトたちの衣服が強くはためく。

 村の方角へ風が流れそうになり、リグが紫白色の原光を走らせて上空へ逃がした。


「違う」


 ミレナがつぶやく。


「一本だけにできない」

「では、止めてください」


 風が止まる。

 完全に止まりすぎた。

 草も、髪も、ネアの羽衣さえ動かない。

 音まで薄くなったように感じる。


「全部止めました」


 ハルヴェンが周囲を見る。


「一つを動かそうとすると、全部が動く」


 ミレナの声には、夢の中で困っているような遅さがあった。


「全部を止めようとしたわけではありません」

「近くと遠くの区別が薄くなっています」


 ネアは銀青色の線を狭めた。


「人間の身体なら、手を伸ばせる範囲と届かない範囲が分かります。今のあなたは、風の流れでつながるものを、同じ近さで感じています」

「全部、ここにある」

「そう感じても、同じ強さで触れてはいけません」

「どうすればいい」

「今は何もしないでください」

「何もしない」


 風が再び動き始めた。

 だが、ミレナが止めたのか、力を抜いたため自然に戻ったのか、本人にも分からないようだった。


「十分に制御できていません」


 ネアがセトへ言う。


「ああ」

「長く保つほど、人間側の感覚が遠ざかる可能性があります」


 ミレナは二人の会話を聞きながら、別の方角へ顔を向けた。


「何か、見えます」


◆ 夢の中の景色


「待って」


 ミレナが言った。

 先ほどより声は明瞭だった。


「何か、見えます」

「追わないでください」

「山」

「ミレナ」

「川が曲がっている。まだ、村がない」


 周囲の風が一方向へ伸びる。

 村の向こう。

 山と川のある方角へ。


「海も」

「ここから海は見えません」

「見えるんじゃない。流れてくる」


 ミレナは自分の手を見る。


「冷たい風。暖かい風。雨。土の匂い。全部、道がある」

「それは、あなた自身が今見ているものではありません」

「知っている」

「何をですか」

「分からない」


 ミレナの眉が寄る。


「見たことがある。でも、見ていない」


 淡緑色の流れが乱れた。

 一本へまとまっていた風が、複数の方向へ分かれ始める。


「戻します」

「もう少し――」

「いけません」


 ネアは銀青色の線を一斉に動かした。

 風の側を押し潰すのではなく、前へ出ていた流れを元の位置へ戻す。

 ミレナの輪郭が再び二重になる。

 髪に重なっていた銀緑色の光が消え、元の栗色だけが残る。

 浮いていた足が地面へ触れた。

 力を失った身体が傾く。

 セトが立ち上がったが、その前にネアがミレナの肩を支えた。


「ゆっくり息をしてください」

「息……」

「吸って、吐く」


 ミレナは浅く息を吸った。

 吐く。

 周囲へ分かれていた風が弱まった。


「名前は?」

「ミレナ」

「年齢は?」

「二十歳です」

「ここは?」

「村の外」


 ネアは銀青色の線を消さなかった。


「わたしは?」

「ネアさん」

「大丈夫です」


 その言葉と同時に、ミレナの膝から力が抜けた。


◆ 戻ったミレナ


 ミレナは草の上へ座り込み、しばらく動けなかった。

 ハルヴェンが水を差し出す。


「飲めますか」

「はい」


 受け取った器を両手で持つ。

 指が少し震えていた。

 一口飲み、もう一度息を吐く。


「どのくらい、あの姿だったんですか」

「長くはありません」


 セトが答えた。


「私には、もっと長く感じました」

「どのくらいだ」


 シアが尋ねる。


「分かりません」

「長いと言っていた」

「言ったことは覚えています」


 ミレナは器の水面を見る。


「ネアさんに名前を聞かれたことも。アイオロスと答えたことも」

「自分をアイオロスだと思ったのですか」

「違います」


 ミレナはすぐに否定した。

 その後で、迷う。


「違うと思います。でも、名前を聞かれた時、それが先に出てきました」

「役割名が、表へ出た存在に近かったのでしょう」

「ミレナという名前を忘れていた?」

「忘れてはいません。少し遅れましたが、答えられました」

「答えられなかったら?」

「その前に戻すつもりでした」

「今も、風の方はありますか」


 ネアはミレナの流れを見る。


「ええ。元のように重なっています」

「なくなってはいない」

「一時的に前後を変えただけです」


 ミレナは自分の髪へ触れた。

 栗色へ戻っている。

 手も、服も、昨日までの自分と変わらない。

 それでも、変わる前と同じだとは思えなかった。



※第25話「分けられたミレナ」は全八回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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