(三)知らない力
◆ 知らない力
「私は精霊術士ではありません」
ミレナはすぐに否定した。
「術を習ったこともありません」
「習った術ではないと思います」
「それなら、なおさら違います」
「風が来る前に分かるのは?」
「空気が変わるからです」
「どこで感じる」
シアが尋ねた。
「どこ?」
「肌か。音か。匂いか」
ミレナは答えようとして止まった。
「分かりません」
「でも分かる」
「そうですけど……皆さんも分かるのでは?」
ハルヴェンが首を横へ振る。
「天候の知識から予想することはできます。しかし、毎回正確に感じ取れるわけではありません」
「私だって毎回ではありません」
「外した時を覚えていない」
シアが言う。
ミレナの表情が硬くなった。
その変化に合わせるように、足元の土埃が薄く巻き上がる。
近くの荷車に掛けられていた布が揺れた。
村の外側から風が来たわけではない。
ミレナを中心に、空気が離れるように動いている。
「今もです」
ネアが静かに言った。
「あなたが警戒したことで、風がわたしたちとの間へ流れました」
◆ 小さな確認
「何をするつもりですか」
ミレナは一歩下がった。
「何もしません」
セトが答えた。
「あなたが嫌なら、無理に力を使わせることもない」
「では、なぜ私を探していたんですか」
「確認したいことがあるからです」
「もう確認したように聞こえます」
「まだ分からないことが多い」
ネアがミレナへ手のひらを見せる。
「一つだけ、確かめてもよいですか」
「何を?」
「風を起こす必要はありません。そこに立ったまま、わたしの手を見てください」
ネアの手の上へ、銀青色の原光が細い糸となって現れた。
糸は風に揺れることなく、ゆっくり漂っている。
「これが原光です」
「見えません」
「見えなくても構いません」
ネアは原光の糸を三本に増やした。
「今から、このうち一本だけをあなたへ近づけます。不快に感じたら、そう言ってください」
「危険は?」
「ありません」
原光の糸が、ミレナへ少しずつ近づく。
肩へ届く前に、ミレナが眉を寄せた。
「右から、何か来ています」
糸が止まる。
「見えるのですか」
「いいえ。でも、冷たいような……細いものが」
「原光を感じています」
◆ 動いた三本
ネアは三本の原光を、ミレナの周囲へ離して配置した。
「今度は、どこにあるか言ってください」
「右と……後ろ?」
「もう一本は?」
ミレナは目を閉じた。
その途端、三本の原光が同時に揺れた。
揺れ方はばらばらだった。
右の一本は上へ。後ろの一本は左へ。最後の一本は、ミレナの足元へ沈む。
ミレナが息を吸う。
三本の流れが向きを変えた。
それぞれ別の場所にあったはずの原光が、ミレナを中心とした一つの流れへ組み直される。
空気が動き、彼女の髪と服の裾を揺らした。
ミレナは驚いて目を開ける。
風はすぐに止まった。
「私がしたんですか」
「ええ」
ネアが原光を消す。
「わたしは流れを置いただけです。動かしたのはあなたです」
「動かそうとはしていません」
「だから、無意識なのでしょう」
「そんなことを急に言われても……」
ミレナは自分の両手を見る。
手の形は変わっていない。
何か特別なものが見えるわけでもなかった。
◆ 精霊術ではないもの
「私にも精霊術が使えるということですか」
ミレナが尋ねた。
「それだけではありません」
ネアが答える。
「普通の精霊術士は、周囲の原光と精霊へ働きかけます。あなたは、自分の内側にある役割によって流れを変えています」
「役割?」
「風の精霊王アイオロスの役割です」
その名が告げられた瞬間、村の空気が動いた。
強い風ではない。
だが、広場にあるすべての布と草が、同じ方向へ一度だけ傾いた。
ミレナは言葉を失った。
「今のも、私ですか」
「名に反応したのかもしれません」
「知りません。そんな名前」
「頭では知らなくても、役割の側に知識があります」
「私の中に?」
「ええ」
ミレナは数歩下がった。
「待ってください。精霊王というのは、何なんですか」
「世界にある現象を、それぞれ担う存在です」
ネアが答えた。
「火、月、雷。わたしたちも、それぞれの役割を持っています」
ミレナはシアたちを見回した。
「あなたたちが、精霊王?」
「そうだ」
シアが答える。
「私は違います」
「見た目は違う」
「見た目だけではありません。私は人間です」
「ああ」
シアは迷わずうなずいた。
「それも合っている」
※第24話「風を継ぐ少女」は全六回です。
続きます。
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