(一)街道を進む風
◆ 街道を進む風
淡い緑の流れは、街道に沿って進んでいた。
精霊王の移動とは違う。
大地を離れて空を渡るのではなく、人間が歩く速さで、町や村を結ぶ道の上を移動している。
「まだ動いています」
ネアが言った。
「追いつけるか」
セトが尋ねる。
「こちらの方が速いです。ただ、近づくほど見分けにくくなっています」
「弱くなった?」
シアが緑の流れをのぞき込む。
「いいえ。周囲へ広がっています」
一本だった流れが、道沿いの草木や地面へ細く分かれていた。
その一部は再び集まり、街道の先へ続いている。
「大地の記憶とつながっているからか」
「おそらくは」
「なら、本人だけ見ればいい」
「本人がどこにいるのかを探しているのです」
「一番濃いところだ」
「歩くたびに地面へ流れています。止まっている精霊王を探すのとは違います」
シアは不満そうに道の先を見る。
「面倒だな」
「人間を追っているのですから、道を進めば会えます」
ハルヴェンが言った。
「それなら面倒ではない」
「今の説明で変わりますか」
「道を進めばいいなら簡単だ」
セトたちは、緑の流れを追って街道を進んだ。
◆ 残された足跡
昼を過ぎたころ、道の脇に小さな休憩所が見えた。
屋根と長椅子だけの簡素な建物で、近くには馬へ水を与えるための桶が置かれている。
ネアは桶の前で足を止めた。
「ここにいました」
「今はいない」
シアが周囲を見る。
「少し前まで、です」
桶の水面は静かだった。
だが、その周囲だけ、淡い緑の原光が渦を作っている。
風が吹いた痕跡というより、風が立ち寄った痕跡だった。
「何をしていたか分かるか」
セトが尋ねる。
「水を飲んだのでしょう」
「それだけ?」
「役割を使った形跡はありません。ただ、本人が触れた場所へ風の流れが残っています」
リグが桶の縁へ手を置く。
「力を使った自覚がないなら、本人にとっては普通の動作だ」
「普通に歩き、普通に水を飲んでいるだけで、周囲の原光が風として整えられている?」
ハルヴェンが尋ねた。
「ええ。ただし、非常に弱いものです」
「精霊術士なら気づく?」
「近くで注意して見なければ、難しいでしょう」
ネアは街道の先へ目を向けた。
「本人自身も、気づいていない可能性があります」
◆ 先にある村
休憩所を過ぎると、緑の流れは街道から細い道へ分かれた。
道の先には、低い柵に囲まれた村が見える。
石と木で作られた家々の向こうに、畑と小さな水路が広がっていた。
「止まった」
シアが言う。
「村の中にいます」
ネアは緑の流れを追った。
しかし、村へ近づくほど、線は家々の間へ細かく分かれていく。
「一人ではないのか」
セトが尋ねる。
「中心は一人です。ただ、薄い流れを持つ人間がほかにもいます」
「子孫が複数いる?」
「同じ血統の者が、この村へ何人か残っているのかもしれません」
「一番濃い者は分かるか」
「近づけば」
シアが村へ入ろうとする。
セトはその肩をつかんだ。
「待て」
「なぜだ」
「いきなり五人で囲むつもりか」
「見つけるだけだ」
「見つけられる側はそう思わない」
ハルヴェンが村を見た。
「武装した旅人が五人ですからね。俺は騎士の身分を示せますが、それでも警戒はされるでしょう」
「では、どうする」
「普通に入る」
セトはシアの肩から手を離した。
「精霊王を探しに来たとは、まだ言わない」
◆ 村に吹く風
村へ入った時、風はほとんど吹いていなかった。
畑の葉も、家の軒先に干された布も動いていない。
それでも、村の中央へ近づくにつれて、空気の流れだけが少しずつ整っていった。
煙突から上がる煙が、家々の間へ入り込まず、まっすぐ上へ抜けている。
積まれた干し草の表面だけを、弱い風が一定の向きへなでている。
水路の近くでは、湿った空気が畑の外側へ流れていた。
「誰かがやっている?」
シアが小声で尋ねる。
「意識的な精霊術ではありません」
ネアが答える。
「村全体を守っているのか」
「そこまで強いものではありません。生活の中で都合の悪い流れを、無意識に少しずつ変えているように見えます」
「煙が来れば外へ。湿気がたまれば畑の外へ」
セトが周囲を見る。
「本人が嫌だと思った方向から、風が離れている?」
「近いと思います」
リグがわずかに笑った。
「便利な力だな」
「本人が知っていればな」
「知らなくても、村の者は何か感じているかもしれません」
ハルヴェンは、井戸の近くで話している村人たちへ向かった。
※第24話「風を継ぐ少女」は全六回です。
続きます。
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